昔話(23)-藤原氏と陰陽師と天皇(19)

『花山法皇』は、19歳で出家した後も、自由奔放で、
女性に対する興味は、当然、おさまりませんでした。

出家後、『花山法皇』の身の回りの
世話をしていた『中務』と
その娘『平子』の母娘を同時期に寵愛して、
それぞれ3人つづ子を産ませたそうです。

そして、
『中務』の産んだ御子を「母腹宮(親腹御子)」、
『平子』の産んだ御子を「女腹宮(女腹御子)」と
周囲の人々は、言ったそうです。

でも、さすがに、この時代でも、
出家した身で、母娘を妊娠させ出産させた事は、
体裁が悪いので、
御子は、冷泉上皇の猶子となったそうです。

ちなみに、『平子』の子の皇女のうち1人は、
その後、夜中の路上で殺され、
翌朝、野犬に食われた姿で発見されたそうですが、
犯人は、『藤原伊周』の長男『藤原道雅』と言われています。

『藤原道雅』は、
家族から溺愛されて育っていましたが
「花山院闘乱事件」以降、
実家が没落したので、屈折した性格となり、
『花山法皇』を憎んでいました。

そして、乱暴な性格で、
『敦明親王』の従者を自邸に拉致し、
瀕死の重傷を負わせり、

博打場で、熱くなりすぎて、
路上で取っ組み合いの喧嘩をしたそうです。

そのため、
位が従三位だったので
「世上荒三位(悪三位)」と呼ばれたそうです。

『花山法皇』は、28歳の時、
かつて寵愛した『藤原忯子』に、
その面影が似ているという事で、
『藤原忯子』の妹『四の君』の所へ、
通い始めました。

『四の君』は、姉の夫だったので、
断り続けましたが、
何度も通い続けました。

『四の君』と同じ屋敷に住む
『四の君』の姉『三の君』は、
『藤原伊周』の彼女でした。

ちなみに、
美女との誉れ高い『三の君』に比べると、
『四の君』は、数段劣る容貌だったそうです。

22歳だった『藤原伊周』は、
自分の彼女『三の君』の所に、
『花山法皇』が通っていると勘違いしました。

喧嘩に自信が無かった『藤原伊周』は、
17歳で血気さかんだった
弟『藤原隆家』に相談したそうです。

『藤原隆家』は、
『花山法皇』との間に、
以前からの因縁がありました。

それは、『花山法皇』は、
自分を騙した『藤原兼家』、
それに続く、『藤原道隆』、
それに続く、『藤原伊周』、
『藤原隆家』が、嫌いでした。

しかし、出世街道から少し離れていて、
豪快で細かい事に気にしない性格の
『藤原道長』には、親近感がありました。

そして、『藤原道長』が、『花山法皇』に、
日頃生意気な『藤原隆家』について、
ある提案をしました。

そして、『花山上皇』は、『藤原隆家』に、
「私の御所の門前を、
車に乗ったまま通る事が出来るか賭けをしょう。」と
挑発したそうです。

当時の常識では、恐れ多くて、
御所の前を牛車に乗ったまま、
通るのは不敬にあたるので、
遠回りしてでも避けていました。

そして、
『花山上皇』の門前を通れなければ、
『藤原隆家』は、恥をかく、
門前を通れば、無礼を働いた事になり追求できるという、
『藤原道長』の策略があったとも言われています。

すると、『藤原隆家』は、
「私には怖いものなど何もないので、
通れぬことなどありません。」と言い返したそうです。

そして、「通る」と約束した日、
『藤原隆家』は、頑丈な車と、
力強い牛、そして何十人もの屈強な従者を従え、
戦場に行くかのように、石などの武器を準備し、
出発したそうです。

すると、
『花山天皇』は、ミカンの数珠を身に着けた異形の
『高帽頼勢』ら何十人もの屈強な僧形の従者が、
石や杖などの武器を準備して、待ち構えていました。

『藤原隆家』は、手前までは来たのですが、
天皇家の威光には勝てず、引き返したそうです。

そして、『藤原隆家』は、
「なんの得も無いことを言ってしまって、
いらぬ恥をかいてしまった。」と言ったそうです。

『藤原隆家』は、その仕返しもあり、

また、以前の『藤原道長』随身殺害事件が、
あまり重大な事にならなかったので、
自分たちの力を過信し、世間を甘く見ていたので、

若い2人は、後先考えず、
「朝帰りする法皇に、自分たちの力を、
思い知らせてやろう。」という事になりました。

そして、
明るい月夜に、
『花山法皇』が、『四の君』の所から、
家路に戻ろうとしていた時、
従者を連れた『藤原隆家』たちは、
『花山法皇』の一行に、矢を放ちました。

その後、
双方の従者が入り乱れての、
乱闘騒ぎになりました。

放たれた矢が、
法皇の袖を貫き通しましたが、
怪我はありませんでした。

しかし、
法皇の従者の童子2人が、
首を斬られて殺害されたそうです。

法皇は、出家の身での女通いが、
露見するのが嫌なのと、
恐怖のあまり沈黙していました。

しかし、30歳の『藤原道長』は、その話を聞きつけ、
チャンス到来と考え、その噂を広げました。

ちょうどその時に、(続く)
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