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藤原氏と陰陽師と天皇(13)

『藤原兼家』の権力は、
長男『藤原道隆』に引き継がれ、
朝廷随一の実力者になっていました。

そして、
『藤原道隆』は、嫡男『藤原伊周』の
強引な官位引き上げをしました。

そのため、
『藤原伊周』は、段階をえず、
叔父『藤原道長』らを、
一気に飛び越えて、
内大臣に昇進していたので、
苦労・怖いもの知らずで、
周囲を見下していました。

周囲の人々は、反感を持っていましたが、
『藤原道隆』の権勢が強かったので、
黙っていました。

そして、関白『藤原道隆』は、
病気で体力の低下を感じたので、
息子『藤原伊周』に関白の座を、
譲りたいと考えていました。

『一条天皇』は、権力の順番でもある
天皇に奉る文書などを先に見る内覧の順番を、
関白『藤原道隆』の次に『藤原伊周』とするという
勅命を出しました。

すると、
『藤原伊周』は、
「父の関白『藤原道隆』から、
全て自分に任せる。」と聞いていると言って、
抗議したそうです。

この時下された宣命に、
「関白が病気の間」と書かれていました。

『藤原伊周』は、
「関白の父が病気のため辞職するので、
父が病気の間ではなく、
交替して、自分を関白にする。」と
書き換えて欲しいと不満を述べました。

すると、
『藤原伊周』の母の兄『高階信順』が、
宣旨を作成した『中原致時』に、
勅命の改ざんをするように言いましたが、
断られたそうです。

その後、
『藤原伊周』は、倹約令を任されました。

しかし、細かい事が気になる性格のため、
服の裾の長さなど、嫌になる位
細かい事が決められていたので、
不満の声が多く、不人気だったそうです。

そして、『藤原伊周』の後ろ盾の
父『藤原道隆』が死亡しました。

そのため、
『花山天皇』を出家させ、
『藤原兼家』一族に、
権力を集めた功労者で、
『藤原道隆』の弟『藤原道兼』が、
関白になり、その後を継ぎましたが、
すぐ死亡しました。

すると、
『藤原道長』が、突然、頭角を現してきました。(続く)
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プロフィール

ムーミン

Author:ムーミン
生まれは、福岡、
育ちは、大阪、
現在、秋田市で、
動物病院を開院。

長年、
水族館、動物園で、
獣医師として勤務していました。

短期間ですが、
犬猫行政、
食品衛生業務も
しました。

その後、
長年、
東北、沖縄の
動物病院で勤務しました。

短期間ですが、
オーストラリアなど
海外の複数の動物園や水族館で、
研修した事があります。
詳しくは、
別のブログ「あっちこっち雑記」で。

祖先は、醍醐源氏の末裔で、
福岡県八女市黒木の
猫尾城の城主を
していました。
詳しくは動物病院HPで。

学生時代、
生物学と歴史は好きでした。

高校時代、
試験の時は、
事前に、関連事項まで詳しく調べて、

特に歴史の時は、
現地調査までする事があったので、

筆記試験の時は

関連事項まで、詳細に書くと、

テスト用紙の回答欄のスペースでは、

ものすごく不足したので、

裏まで書いても不足した時には、

2枚目の白紙をもらい、
ぎりぎりまで書いていました。

そのため、高校の時は、
歴史や生物のテスト用紙が配られる時、
あらかじめ、
白紙が、2枚配られるようになりました。

先祖は笛が得意で、
後白河法皇、後鳥羽天皇に、
褒められた事があります。

自分も、子供の頃、
ピアノを習っていたので、
音楽が好きです。

水族館、動物園勤務時代、
野生動物は、
殺気を感じると、
逃げるので、
殺気を感じさせない為、
歌いながら、
治療していたので、
歌が得意になりました。

尚、話し言葉や細かい所などは、
意訳の場合もあります。

リンクはフリーです。

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