fc2ブログ

記事一覧

畜産業界の闇(3)-国産食用牛の買取(1)

1986年、イギリスで、
牛の脳の組織がスポンジ状となり、

2-8年の潜伏期間の後、異常行動、
運動失調などの神経症状を示し、死亡する、

【牛海綿状脳症(BSE)】が、発見されました。

まだ、詳細は不明ですが、

動物には、プリオン遺伝子を持ち、
正常プリオン蛋白(糖蛋白質)を産生します。

そのプリオン遺伝子が異常となり、
異常プリオン蛋白が出来たり、

外から異常プリオン蛋白が入ってきて、

正常プリオン蛋白を、
異常プリオン蛋白に変えていきます.

正常プリオン蛋白は、代謝されますが、

異常プリオン蛋白は、代謝されず、

神経細胞を障害すると考えられていますが、

詳細は、不明だそうです。

【牛海綿状脳症(BSE)】に罹患した、
異常プリオン蛋白は、
脳や脊髄、内臓に蓄積されますが、

牛の肉骨粉を、
牛に給与したことにより、
感染が拡がったと考えられています。

詳細は不明で、
まだ、正確には、分かっていませんが、
【牛海綿状脳症(BSE)】に罹患した、
牛の脳、脊髄や内臓を含む安価な挽肉を
使ったハンバーグーなどを食べて、

ヒトに感染し、
【変異型クロイツフェルト・ヤコブ病(vCJD)】となり、

8ー10年の潜伏期間の後、

視覚異常、歩行障害、不随意運動、
記憶障害、認知症などの神経異常になると、
考えられています。

ちなみに、
日本人での【変異型クロイツフェルト・ヤコブ病(vCJD)】は、

イギリス在住していた日本人感染者1人のみで、

日本国内での、日本人感染者は、いません。

日本国内では、
ウシの【牛海綿状脳症(BSE)】感染は、

2001年9月21日に千葉県、
2001年11月21日、北海道で、

最終的には、
牛では36頭の【牛海綿状脳症(BSE)】感染が、

確認され、大問題となりました。

そして、【牛海綿状脳症(BSE)】が発生した、
畜産農家や、

目視検査を担当した、
責任感の強かった女性獣医師など、

5人が自殺しました。

でも、【牛海綿状脳症(BSE)】は、
目視検査では、分かりません。

ちなみに、
日本では、2003年以降に出生した牛からは、
【牛海綿状脳症(BSE)】は、確認されていません。


ちなみに、
現在、日本では、牛の肉骨粉は、
全量焼却処理されているし、

食用に供する牛については、
全頭、BSE検査を実施していますので、
安心して牛肉を食べれます。

【牛海綿状脳症(BSE)】のため、

2000年頃には、
日本でも、社会問題となり、
牛肉の消費が、減少しました。

しかし、『武部勤』農林水産大臣は、
「【牛海綿状脳症(BSE)】の感染源解明は、
酪農家にとってそんなに大きな問題なのか?」と言って、

問題を軽視して初動が遅れたり、

【牛海綿状脳症(BSE)】の影響が出た後、

「そんなに慌てることは、無いです。

また更に【牛海綿状脳症(BSE)】は、
発覚しますから。」と言ったりしたので、
強い批判を受けました。

そして、日本政府は、救済策として、

2001年10月から、

国産食用牛の

【牛海綿状脳症(BSE)】の検査を実施し、

検査の実施前の国産牛肉の、

買い取り制度を実施しました。

しかし、後日、農林水産省が、

「制度上の不備があった。」と言ったのですが、

確かに、性善説を基本とした、

国産牛の買い上げる事に関して、

ものすごく大きな問題がありました。(続く)
関連記事
スポンサーサイト



コメント

コメントの投稿

非公開コメント

ジャンルランキング

ランキング

クリックすると、点が入るらしい

ランキング

最新記事 

カテゴリ

鳥 (4)
魚 (5)

プロフィール

ムーミン

Author:ムーミン
生まれは、福岡、
育ちは、大阪、
現在、秋田市で、
動物病院を開院。

長年、
水族館、動物園で、
獣医師として勤務していました。

短期間ですが、
犬猫行政、
食品衛生業務も
しました。

その後、
長年、
東北、沖縄の
動物病院で勤務しました。

大阪に住んでいた時、
ジュニアリーダーをしていたので、
キャンプなどの指導などをしていました。

旅が好きで、バイクや車で
北海道や東北、関東などを、

野宿しながら、旅をしていました。

そして、
海外14カ国を、旅をして、

海外の複数の動物園や水族館で、
研修しました。

詳しくは、
別のブログ「あっちこっち雑記」で。

祖先は、醍醐源氏の末裔で、
福岡県八女市黒木の
猫尾城の城主を
していました。

先祖は、足利尊氏と戦い、
多々良浜の戦いでは、
敗戦しましたが、

筑後川の戦いなど、
最終的には勝利し、

3代将軍足利義満まで、九州を治め、

中国の「明」と、貿易をしていました。

詳しくは動物病院HPで。

学生時代、
生物学と歴史は好きでした。

試験の時は、
事前に、関連事項まで詳しく調べて、

特に歴史の時は、
現地調査までする事があったので、

筆記試験の時は

関連事項まで、詳細に書くと、

テスト用紙の回答欄のスペースでは、

ものすごく不足したので、

裏まで書いても不足した時には、

2枚目の白紙をもらい、
ぎりぎりまで書いていました。

そのため、
歴史や生物のテスト用紙が配られる時、
あらかじめ、
白紙が、2枚配られるようになりました。

だから、
高校の時、歴史の先生から、
歴史関係の進路を、
ものすごく強く勧められました。

でも、
生物の方が好きだったので、
獣医になりました。

先祖は笛が得意で、
後白河法皇、後鳥羽天皇に、
褒められた事があります。

自分も、子供の頃、
ピアノを習っていたので、
音楽が好きです。

水族館、動物園勤務時代、
野生動物は、
殺気を感じると、
逃げるので、
殺気を感じさせない為、
歌いながら、
治療していたので、
歌が得意になりました。

尚、色々な事を書いていますが、
話し言葉や細かい所などは、
意訳の場合もあります。

リンクはフリーです。

検索フォーム

月別アーカイブ