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日本の外交手腕(4)-北朝鮮は、地上の楽園(8)-脱北者への対応

2002年5月8日、

北朝鮮からの亡命者5人が、
中国の日本国総領事館に、
駆け込んできましたが、

日本国総領事館の敷地内で、

中国人民武装警察部隊に、
取り押さえられました。

事件後、日本国総領事館は、
報道機関に対して、

「拘束された5人を、
移動させないよう求めたが、
瀋陽市公安局に連行された。」と、言いました。

5月9日、
当時の内閣総理大臣『小泉純一郎』は、

「中国側の誠意ある対応を求めたい。」と、表明しました。

このことに対し、

5月10日、『孔子』の76代目の子孫の
『孔泉』中国外交部報道官は、

「中国武装警察は、

日本国総領事館の副領事の同意を得た後、

館内に立ち入り、亡命者を連れ出した。

その後、日本国総領事館の領事が、

中国側から事情を聞き、

中国の公安職員が、亡命者5人を連行することに同意し、

武装警察に対し感謝を表明した。」と、説明しました。

5月13日、日本国外務省は、

「調査した結果、同意は無かった。

ただし、
警備員の人数の不足、
警備実施上の不備、
物理的警備体制の不備があった。」と、
言いました。

その後、事件前に、

外務省のアジア局長『阿南惟茂』が、

日本国総領事館の職員らに、

「北朝鮮脱出者が、
大使館に駆け込んできた場合は、

不審者とみなして追い出せ。」と、

指示していたと、報道されました。

すると、外務省は、
報道された『阿南惟茂』の発言に関して、

「北朝鮮からの脱北者は、
中国に不法入国している者が多い。

しかし、日本国総領事館に入った以上は、

人道的見地からこれを保護し、

第三国への移動等、適切に対処する必要がある。

しかし、テロに対処するという観点から、
警戒を一層厳重にすべきことは当然で、

不審者が、日本国総領事館の敷地に、

許可なく侵入しようとする場合には、

侵入を阻止し、

日本国総領事館の門の外で、
事情を聴取するようにすべきである。

従って、北朝鮮の人が大使館に入ってきた場合、
追い出すという発言があったと、報道されていますが、

職員の聞き間違いです。」と、

苦しい弁明をしていました。

その後、中国は、5人の亡命者をフィリピンへ出国させ、

その後、韓国へ亡命させたそうです。

でも、「拉致被害者、
北朝鮮脱出者の人権と救命のための、
市民連帯」などのNGOが、

事件の始終を、撮影していて、
その映像が公開されました。

その映像では、

日本国総領事館の敷地に入った、
中国武装警察官に対し、

応対に出た『宮下謙』副領事が、

敷地立ち入りへの抗議を行わず、

武装警官の帽子を拾うなど、

友好的な態度に出た様子が、
記録されていました。

その映像が、日本のテレビ局により報道され、
日本の外務省が言っている事と違うという事で、
各国から批判されました。(続く)
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プロフィール

ムーミン

Author:ムーミン
生まれは、福岡、
育ちは、大阪、
現在、秋田市で、
動物病院を開院。

長年、
水族館、動物園で、
獣医師として勤務していました。

短期間ですが、
犬猫行政、
食品衛生業務も
しました。

その後、
長年、
東北、沖縄の
動物病院で勤務しました。

大阪に住んでいた時、
ジュニアリーダーをしていたので、
キャンプなどの指導などをしていました。

旅が好きで、バイクや車で
北海道や東北、関東などを、

野宿しながら、旅をしていました。

そして、
海外14カ国を、旅をして、

海外の複数の動物園や水族館で、
研修しました。

詳しくは、
別のブログ「あっちこっち雑記」で。

祖先は、醍醐源氏の末裔で、
福岡県八女市黒木の
猫尾城の城主を
していました。

先祖は、足利尊氏と戦い、
多々良浜の戦いでは、
敗戦しましたが、

筑後川の戦いなど、
最終的には勝利し、

3代将軍足利義満まで、九州を治め、

中国の「明」と、貿易をしていました。

詳しくは動物病院HPで。

学生時代、
生物学と歴史は好きでした。

試験の時は、
事前に、関連事項まで詳しく調べて、

特に歴史の時は、
現地調査までする事があったので、

筆記試験の時は

関連事項まで、詳細に書くと、

テスト用紙の回答欄のスペースでは、

ものすごく不足したので、

裏まで書いても不足した時には、

2枚目の白紙をもらい、
ぎりぎりまで書いていました。

そのため、
歴史や生物のテスト用紙が配られる時、
あらかじめ、
白紙が、2枚配られるようになりました。

だから、
高校の時、歴史の先生から、
歴史関係の進路を、
ものすごく強く勧められました。

でも、
生物の方が好きだったので、
獣医になりました。

先祖は笛が得意で、
後白河法皇、後鳥羽天皇に、
褒められた事があります。

自分も、子供の頃、
ピアノを習っていたので、
音楽が好きです。

水族館、動物園勤務時代、
野生動物は、
殺気を感じると、
逃げるので、
殺気を感じさせない為、
歌いながら、
治療していたので、
歌が得意になりました。

尚、色々な事を書いていますが、
話し言葉や細かい所などは、
意訳の場合もあります。

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