日本の外交手腕(3)-日本の外交をぶっ潰せ!-田中眞紀子(1)
- 2023/04/10
- 14:33
最大派閥の『橋本龍太郎』の勝利が、
有力視され、
自民党『小泉純一郎』は、
劣勢だったのが、
「既存の自民党を、ぶっ壊して、
新しい自民党に、作り直す!」、
「私の政策を批判する者は、
すべて抵抗勢力。」と、熱弁を振るい、
また、
大衆に人気のあった
『田中眞紀子』の応援のおかげで、
街頭演説では、
数万の観衆が押し寄せ、
閉塞した状況に、
変化を渇望していた大衆の圧倒的な支持を得て、
勝利し、
2001年4月26日、
内閣総理大臣に、なれました。
そして、
内閣総理大臣『小泉純一郎』が、
組閣に着手しようとした時、
『田中眞紀子』は、
外務省機密費流用事件に、関心があったので、
「恩を、忘れていないでしょうね。
私は、外務大臣以外は、考えていない。
それが、叶わない時は、
議員バッチを、外しますよ。
そしたら、
世間は、大変な騒ぎに、なりますよ。」と、言いました。
そして、2001年、
内閣総理大臣『小泉純一郎』は、
向き不向きは考えず、
大衆受けを狙い、
言われるまま、
日本の女性では、初めての外務大臣に、
『田中眞紀子』を、任命しました。
そして、
外務省機密費流用事件後の職員の処分が、終了し、
外務省のダメージが、まだ残っている所に、
『田中眞紀子』が、外務大臣に、就任しました。
そして、『田中眞紀子』は、
「外務省は、伏魔殿!
私が、それを、変える!」と、公言しました。
ワイドショーが、『田中眞紀子』の破天荒さを、
面白がり、煽りに煽った結果、
「眞紀子ブーム」が起き、
世論は、『田中眞紀子』を、
圧倒的に、支持しました。
しかし、後日、
マスコミが知らないところで、
『田中眞紀子』は、外務省に、
戦後最大級のダメージを与えた事が、
外務省秘密文書「官房勤務雑感」で、
明らかになりました。
それによると、
『田中眞紀子』の関心は、
ボロボロになった外務省の綱紀粛正のみでした。
しかし、
肝心の外交に関しての知識は、まったくなく、
外交関係には、まったく無関心だったそうです。
そして、
『田中眞紀子』は、外務省の綱紀粛正、
組織の改革のため、
勝手に、外務省人事に手を、つけようとしたそうです。
そのため、外務省官房長『飯村豊』が、
「外務省機密費流用事件の処分は、
外務省幹部20人以上が、
監督責任などを問われて、
懲戒減給などの処分を受けて、
すでに、終了しています。
そして、
幹部人事に関しては、
官邸の了承を得る必要があります。」と、言うと、
『田中眞紀子』外務大臣は、
「そんなの、関係ない!
官邸の了承なんて、必要ない。
再処分が、必要!」と、怒りまくりながら、
処分の終わっている職員や、
気に食わない人物や、歴代次官の名前の横に、
勝手に、「解任」などと書き込んで、
官僚たちの処分を、
勝手に決めるという、暴挙に出ました。
外務省官房長『飯村豊』が、
「大臣、法律に従って、
おやりになる必要が、あります。」と言うと、
『田中眞紀子』外務大臣は、
「あんたは、本当に、うるさいわね!
人間には、
家族と使用人と敵の3種類しかない。
お前は、単なる私の使用人だ。
もう、お前は、不要だ!
これからは、私の部屋に、入ってきて、
指図をするな!
とっとと出て行け!」と、大声で、叫んだそうです。
そして、それ以後、外務省官房長『飯村豊』は、
前代未聞の大臣室の出入り禁止と、
なったそうです。
『田中眞紀子』外務大臣は、
その後も、誰かれ構わず、
外務官僚たちに、罵詈雑言を浴びせかけ、
気に入らない職員を排除し、
さまざまな問題を、起こしていたそうです。
一連の事で、
イライラいていた『田中眞紀子』外務大臣は、
就任直後、
親日家の『リチャード・リー・アーミテージ』
アメリカ 国務副長官との会談を、
気が向かないと言って、ドタキャンしました。
これは、同盟国を侮辱するような事で、
外務大臣ならば、あってはならない蛮行でした。
『田中眞紀子』外務大臣の
公設第1秘書『穂苅英嗣』の話によると、
「とにかく、指示は、強引で無茶苦茶でした。
言う事は、コロコロと変わるし、
ドタキャンは、日常茶飯でした。
ちょっとしたことでも、錯乱し、
錯乱すると、記憶が、まったく、なくなりました。
ダダをこねる時は、
子供みたいに、足をバタバタさせていました。
『田中角栄』は、娘『田中眞紀子』の事を、
軍鶏(シャモ)と呼び、
20分以上、一緒にいるには、根性がいる、
娘婿の『田中直紀』は、大したものだ!と、
言っていました。
事務所は、フェンスで、囲まれていましたが、
それは、『田中眞紀子』の怒号が、
周囲に、聞こえないようにするためでした。
そして、
アジア人への差別意識があり、
香港を訪問した時に、
面会予定者について、説明した時、
村の助役みたいな奴らに、
いちいち会えるもんですか!と叫びました。
その時は、なだめすかしたりして、
何とかしのぎましたが、
本当に、困りました。」と、言っています。
『田中角栄』を、恩人と公言し、
初期の頃から、応援し、
田中家について、一番知っていると言われている、
元十日町市長『諸里正典』が、
記者から、
『田中眞紀子』について、聞かれた時、
「『田中眞紀子』は、
『田中角栄』先生とは、
まったく違い、
協調性は、全くなく、
精神的バランスは、とても悪く、
独りよがりで、
人間的欠陥が、かなり多く、
とにかく、破天荒で、メチャクチャな人だ。
でも、自分にとって、
恩人の『田中角栄』先生の娘さんなので、
なにがあっても、
『田中眞紀子』を、
ずっと、応援をするつもりです。」と、言っています。
内閣総理大臣『小泉純一郎』は、
自民党総裁選挙で、
「既存の自民党をぶっ壊す!」と言いましたが、
『田中眞紀子』外務大臣の、
外務省での破天荒ぶりを聞き、
このままでは、
外務省が、壊れると考え、頭を抱えました。
しかし、
『田中眞紀子』には、恩もあるし、
自分が、外務大臣に任命したので、
直接、注意しにくかったので、
『飯島勲』内閣総理大臣秘書官に、
注意しに行くように命じました。
そして、
『飯島勲』内閣総理大臣秘書官は、
毅然とした態度で、向かい合い、
『田中眞紀子』外務大臣が、
反論しようとするのを制止し、
一喝し、態度を改めるように言いました。
ちなみに、それ以降、『飯島勲』は、
じゃじゃ馬の『田中眞紀子』を、
一喝した凄腕の内閣総理大臣秘書官と、
評価されるようになりました。
記者から、
『飯島勲』内閣総理大臣秘書官が、
一喝した『田中眞紀子』について、聞かれた時、
「『田中眞紀子』は、
自民党総裁選挙の応援演説の時から、
問題があった。
自分から、仙台、福岡に行くと言って約束しながら、
『三塚博』が来るなら、大嫌いなので、行かない。とか、
『山﨑拓』が来るなら、嫌いなので、行かない。など、
何回もドタキャンされました。
そういえば、
私とは、あまり付き合いのなかった『中曽根弘文』から、
『田中眞紀子』に、何度も頭を下げて、
群馬の街頭演説に来てもらう事を、
約束していたのに、
たった今、キャンセルしてきた。
準備もしていたので、
どうしたらよいのでしょうか?と、
悲壮な声で電話が、
かかってきたこともあります。」と、言いました。
すると、記者は、
『飯島勲』内閣総理大臣秘書官に、
「内閣総理大臣『小泉純一郎』は、
何故、そのような人を、
外務大臣にしたのですか?」と聞くと、
「内閣総理大臣『小泉純一郎』には、
一応、変な癖のある人間だとは、伝えていましたが、
あれほど、ひどいとは、思いませんでした。」と、答えました。(続く)
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