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イスラム(7)-一夫多妻(1)ームーレイ・イスマーイル・イブン・シャーリフの子供の数

以前、気の向くままに、放浪し、
イスラム教国の石油が採れるお金持ちの国の

ブルネイ・ダルサラーム国に行った事がありますが、

イスラム教国は、一夫多妻制を認めているので、

どこの店に入っても、
大抵、王様とお妃王様の第一婦人、
第二婦人の写真が、飾られていました。

その時に、
イスラムは、一夫多妻制は、普通なんだと、思いました。

ちなみに、ギネスブックによると、
史上最も多くの子供を作った人間として、記録されているのは、

イスラム教国のモロッコのアラウィー朝の第4代目スルタンの、

『ムーレイ・イスマーイル・イブン・シャーリフ』です。

1672年ー1727年の間統治していましたが、
子供の数は、ギネスブック記録では、1042人ですが、
『ムーレイ・イスマーイル・イブン・シャーリフ』の死後に、生まれた子もいて、

最終的な総数は不確定ですが、
ウィーン大学の調査によると、1171人だそうです。

『ムーレイ・イスマーイル・イブン・シャーリフ』は、
正妻が、4人、側室が、約500人いたそうです。

ちなみに、
『ムーレイ・イスマーイル・イブン・シャーリフ』は、

アラウィー朝最初の君主『ムーレイ・シャリーフ』の七男で、

母親は、黒人の奴隷だったそうです。

当時、権力闘争により、
モロッコは、情勢不安定となり、
王位継承をめぐって争っていたそうです。

そして、
『ムーレイ・イスマーイル・イブン・シャーリフ』は、
黒人奴隷を主とした強力な黒人親衛隊軍隊を創設し、

「戦士王」、「血まみれ王」と呼ばれるほど、

戦いに明け暮れ、

国内の反乱を粉砕し、国内をまとめ、

オスマン帝国、スペイン、
ポルトガルと戦い、地中海に繰り出しては、

貿易船を捕らえて、人々を拉致していました。

拉致した人々は、奴隷として働かせ、

帰国するには、膨大な身代金を要求し、
この海賊ビジネスで、大いに国庫は潤ったそうです。

ちなみに、
最近、多妻で話題になったのは、

1924年1月に生まれのナイジェリア人の
教師で宗教家の『Muhammadu Bello Abubahkar Masaba Bida』で、

126人の妻と約203人の子供が、いたそうです。

イスラム法では、妻は4人までしか、
認められていないので、

2008年、
イスラム法裁判所は、
4人以上の女性と婚姻関係を結んだことについて、
イスラム法に反するとの判断をし、

厳格なイスラム教聖職者の中には、
即刻死刑にすべきという非難もありましたが、

4人の妻を残して、
残りの妻と離婚すれば、無罪で、
離婚しなければ、追放するという事に落ち着いたそうです。

しかし、
『Muhammadu Bello Abubahkar Masaba Bida』は、
その処分さえ、徹底的に無視し続けたので、

イスラム法への侮辱だとして、拘束されたそうです。

しかし、『Muhammadu Bello Abubahkar Masaba Bida』は、
家族全員を平等に愛していたので、

妻全員と子供たちが、
抗議デモを行った結果、釈放されたそうです。

97人目と結婚した時に、取材を受けた、
『Muhammadu Bello Abubahkar Masaba Bida』は、

「奥さんが多い?

私には、97人の妻しかいません。

私は、生きている限り、もっと結婚するつもりです。

神は、全知全能なので、

私がしていることは、すべて神は知っています。

私の家族全員が幸せで、
天罰が、ないということは、

神は、私がしていることを、
祝しているのです。」と答えていました。

ちなみに、
『Muhammadu Bello Abubahkar Masaba Bida』は、
2017年1月に、自宅で、愛する家族に看取られなが、
93歳で、死亡しました。

ちなみに、日本で、一夫多妻と言えば、
その昔、連日ワイドショーで話題になった、
自称占い師『渋谷博仁』の
東大和市の一夫多妻男事件があります。(続く)
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プロフィール

ムーミン

Author:ムーミン
生まれは、福岡、
育ちは、大阪、
現在、秋田市で、
動物病院を開院。

長年、
水族館、動物園で、
獣医師として勤務していました。

短期間ですが、
犬猫行政、
食品衛生業務も
しました。

その後、
長年、
東北、沖縄の
動物病院で勤務しました。

大阪に住んでいた時、
ジュニアリーダーをしていたので、
キャンプなどの指導などをしていました。

旅が好きで、バイクや車で
北海道や東北、関東などを、

野宿しながら、旅をしていました。

そして、
海外14カ国を、旅をして、

海外の複数の動物園や水族館で、
研修しました。

詳しくは、
別のブログ「あっちこっち雑記」で。

祖先は、醍醐源氏の末裔で、
福岡県八女市黒木の
猫尾城の城主を
していました。

先祖は、足利尊氏と戦い、
多々良浜の戦いでは、
敗戦しましたが、

筑後川の戦いなど、
最終的には勝利し、

3代将軍足利義満まで、九州を治め、

中国の「明」と、貿易をしていました。

詳しくは動物病院HPで。

学生時代、
生物学と歴史は好きでした。

試験の時は、
事前に、関連事項まで詳しく調べて、

特に歴史の時は、
現地調査までする事があったので、

筆記試験の時は

関連事項まで、詳細に書くと、

テスト用紙の回答欄のスペースでは、

ものすごく不足したので、

裏まで書いても不足した時には、

2枚目の白紙をもらい、
ぎりぎりまで書いていました。

そのため、
歴史や生物のテスト用紙が配られる時、
あらかじめ、
白紙が、2枚配られるようになりました。

だから、
高校の時、歴史の先生から、
歴史関係の進路を、
ものすごく強く勧められました。

でも、
生物の方が好きだったので、
獣医になりました。

先祖は笛が得意で、
後白河法皇、後鳥羽天皇に、
褒められた事があります。

自分も、子供の頃、
ピアノを習っていたので、
音楽が好きです。

水族館、動物園勤務時代、
野生動物は、
殺気を感じると、
逃げるので、
殺気を感じさせない為、
歌いながら、
治療していたので、
歌が得意になりました。

尚、色々な事を書いていますが、
話し言葉や細かい所などは、
意訳の場合もあります。

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