イスラム(4)-イスラム教国だけど、犬と暮らすトルコ(1)
- 2022/12/15
- 05:05
イスタンブールのブルーモスクに行った事がありますが、
以前、ブルネイ・ダルサラーム国のモスクで、
注意を受けていたので、
服装に気を使って、入ったので、
注意を受けずに、入る事が出来ました。
ちなみに、モスク内では、
女性は髪を見せるのがダメなので、
入口で、布を借りる事が出来ます。
とても、荘厳でした。
ちなみに、トルコ(トルコ共和国)は、
イスラム諸国の中では、珍しく、
政府と宗教団体の分離の原則とする、
宗教的中立性の「世俗主義国家」として、有名です。
ちなみに、
日本も、ものすごく微妙ですが、「世俗主義国家」です。
トルコ(トルコ共和国)が、「世俗主義国家」になったのは、
現代トルコの建国の父と呼ばれている、
『ムスタファ・ケマル・アタテュルク』が、関係しています。
トルコ(トルコ共和国)の前のイスラム教国のオスマン帝国は、
1299年に建国され、1922年まで、存続していました。
オスマン帝国は、
イスラム教という大きな枠がありましたが、
多民族から構成されていたので、
宗教に関して、寛容な姿勢を取っていたため、
信仰、言語は自由でした。
しかし、
政治的支配権や法律制定権は、
イスラム教徒が独占していて、
シャリーア(イスラム法)が、施行されていました。
そして、
オスマン帝国が、第一次世界大戦で敗戦した後、
諸外国による分割統治が、行われようとしていました。
それに対抗するため、
オスマン帝国軍の将軍『ムスタファ・ケマル』は、
有志を集め、戦いを挑んだので、
トルコ革命(トルコ独立戦争)が、起きました。
そして、
分割される事なく、現在の領土を勝ち取りました。
そして、
『ムスタファ・ケマル・アタテュルク』が、
国家を立て直すべく、
1923年に、トルコ(トルコ共和国)の初代大統領となったそうです。
ちなみに、トルコ語で、
「ムスタファ」は、選ばれた者、
「ケマル」は、完全なると言う意味だそうです。
大統領になってから、
「アタテュルク」という敬称が使われるようになりましたが、
トルコ語で、「アタ」は、父、
「テュルク」は、トルコと言う意味なので、
「アタテュルク」は、トルコの父という意味です。
そして、
『ムスタファ・ケマル・アタテュルク』は、
イスラム教と政治を分離しなければ、
トルコ(トルコ共和国)の発展はないと考え、
新国家の根幹原理として、
1937年に、政教分離(世俗主義)を断行したそうです。
これは、イスラム諸国では、初めてのことだそうです。
その上、
憲法からイスラム教を国教とする条文を削除し、
トルコ語表記を、アラビア文字からアルファベットへ変更し、
一夫多妻禁止や女性参政権導入、
スルタン制を廃止などを行い、
近代化を推進したそうです。
ちなみに、
イスラム教では、酒は禁止されていますが、
『ムスタファ・ケマル・アタテュルク』は、
酒が、ものすごく大好きで、
毎日、浴びるように飲んでいたそうです。
そのため、
1938年に、『ムスタファ・ケマル・アタテュルク』は、
飲酒による肝硬変で、死亡したそうです。
『ムスタファ・ケマル・アタテュルク』は、
死亡するまで、一党独裁制の大統領として、
君臨していましたが、
一党独裁制の限界を理解していたので、
将来的に多党制へと軟着陸することを、
望んでいたそうです。
ちなみに、現在、トルコの政治は、
多党制の政党政治を、基本としていますが、
大統領権限が、強化されています。
ちなみに、現在、
『ムスタファ・ケマル・アタテュルク』の神格化が、
進んでしますが、
『ムスタファ・ケマル・アタテュルク』自身は、
生前、個人崇拝を嫌っていたそうです。
イスラム教徒は、
コーランの教えに従い、
食生活から文化、習慣まで、
厳しい戒律の下で暮らしますが、
政教分離したトルコでは、
イスラム教国ながら、
礼拝や、断食、豚肉を食べないなど、
ある程度の戒律は、ありますが、
他のイスラム教国とは違い、厳しくないそうです。
そのため、
犬猫に関しては、他のイスラム教国とは、
考え方が、違います。
そして、トルコ特有の犬種もいます。(続く)
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