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イスラム(4)-イスラム教国だけど、犬と暮らすトルコ(1)

イスラム教国のトルコ(トルコ共和国)の
イスタンブールのブルーモスクに行った事がありますが、

以前、ブルネイ・ダルサラーム国のモスクで、
注意を受けていたので、


服装に気を使って、入ったので、

注意を受けずに、入る事が出来ました。

ちなみに、モスク内では、
女性は髪を見せるのがダメなので、
入口で、布を借りる事が出来ます。

とても、荘厳でした。

ちなみに、トルコ(トルコ共和国)は、

イスラム諸国の中では、珍しく、

政府と宗教団体の分離の原則とする、

宗教的中立性の「世俗主義国家」として、有名です。

ちなみに、
日本も、ものすごく微妙ですが、「世俗主義国家」です。

トルコ(トルコ共和国)が、「世俗主義国家」になったのは、

現代トルコの建国の父と呼ばれている、
『ムスタファ・ケマル・アタテュルク』が、関係しています。

トルコ(トルコ共和国)の前のイスラム教国のオスマン帝国は、

1299年に建国され、1922年まで、存続していました。

オスマン帝国は、

イスラム教という大きな枠がありましたが、

多民族から構成されていたので、

宗教に関して、寛容な姿勢を取っていたため、

信仰、言語は自由でした。

しかし、
政治的支配権や法律制定権は、

イスラム教徒が独占していて、

シャリーア(イスラム法)が、施行されていました。

そして、
オスマン帝国が、第一次世界大戦で敗戦した後、

諸外国による分割統治が、行われようとしていました。

それに対抗するため、
オスマン帝国軍の将軍『ムスタファ・ケマル』は、

有志を集め、戦いを挑んだので、
トルコ革命(トルコ独立戦争)が、起きました。

そして、
分割される事なく、現在の領土を勝ち取りました。

そして、
『ムスタファ・ケマル・アタテュルク』が、
国家を立て直すべく、

1923年に、トルコ(トルコ共和国)の初代大統領となったそうです。

ちなみに、トルコ語で、
「ムスタファ」は、選ばれた者、
「ケマル」は、完全なると言う意味だそうです。

大統領になってから、
「アタテュルク」という敬称が使われるようになりましたが、

トルコ語で、「アタ」は、父、
「テュルク」は、トルコと言う意味なので、

「アタテュルク」は、トルコの父という意味です。

そして、
『ムスタファ・ケマル・アタテュルク』は、

イスラム教と政治を分離しなければ、

トルコ(トルコ共和国)の発展はないと考え、

新国家の根幹原理として、

1937年に、政教分離(世俗主義)を断行したそうです。

これは、イスラム諸国では、初めてのことだそうです。

その上、
憲法からイスラム教を国教とする条文を削除し、

トルコ語表記を、アラビア文字からアルファベットへ変更し、

一夫多妻禁止や女性参政権導入、

スルタン制を廃止などを行い、

近代化を推進したそうです。

ちなみに、
イスラム教では、酒は禁止されていますが、

『ムスタファ・ケマル・アタテュルク』は、
酒が、ものすごく大好きで、

毎日、浴びるように飲んでいたそうです。

そのため、
1938年に、『ムスタファ・ケマル・アタテュルク』は、
飲酒による肝硬変で、死亡したそうです。

『ムスタファ・ケマル・アタテュルク』は、
死亡するまで、一党独裁制の大統領として、
君臨していましたが、

一党独裁制の限界を理解していたので、
将来的に多党制へと軟着陸することを、
望んでいたそうです。

ちなみに、現在、トルコの政治は、
多党制の政党政治を、基本としていますが、
大統領権限が、強化されています。

ちなみに、現在、
『ムスタファ・ケマル・アタテュルク』の神格化が、
進んでしますが、
『ムスタファ・ケマル・アタテュルク』自身は、
生前、個人崇拝を嫌っていたそうです。

イスラム教徒は、

コーランの教えに従い、
食生活から文化、習慣まで、

厳しい戒律の下で暮らしますが、

政教分離したトルコでは、

イスラム教国ながら、

礼拝や、断食、豚肉を食べないなど、

ある程度の戒律は、ありますが、

他のイスラム教国とは違い、厳しくないそうです。

そのため、
犬猫に関しては、他のイスラム教国とは、
考え方が、違います。

そして、トルコ特有の犬種もいます。(続く)
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プロフィール

ムーミン

Author:ムーミン
生まれは、福岡、
育ちは、大阪、
現在、秋田市で、
動物病院を開院。

長年、
水族館、動物園で、
獣医師として勤務していました。

短期間ですが、
犬猫行政、
食品衛生業務も
しました。

その後、
長年、
東北、沖縄の
動物病院で勤務しました。

大阪に住んでいた時、
ジュニアリーダーをしていたので、
キャンプなどの指導などをしていました。

旅が好きで、バイクや車で
北海道や東北、関東などを、

野宿しながら、旅をしていました。

そして、
海外14カ国を、旅をして、

海外の複数の動物園や水族館で、
研修しました。

詳しくは、
別のブログ「あっちこっち雑記」で。

祖先は、醍醐源氏の末裔で、
福岡県八女市黒木の
猫尾城の城主を
していました。

先祖は、足利尊氏と戦い、
多々良浜の戦いでは、
敗戦しましたが、

筑後川の戦いなど、
最終的には勝利し、

3代将軍足利義満まで、九州を治め、

中国の「明」と、貿易をしていました。

詳しくは動物病院HPで。

学生時代、
生物学と歴史は好きでした。

試験の時は、
事前に、関連事項まで詳しく調べて、

特に歴史の時は、
現地調査までする事があったので、

筆記試験の時は

関連事項まで、詳細に書くと、

テスト用紙の回答欄のスペースでは、

ものすごく不足したので、

裏まで書いても不足した時には、

2枚目の白紙をもらい、
ぎりぎりまで書いていました。

そのため、
歴史や生物のテスト用紙が配られる時、
あらかじめ、
白紙が、2枚配られるようになりました。

だから、
高校の時、歴史の先生から、
歴史関係の進路を、
ものすごく強く勧められました。

でも、
生物の方が好きだったので、
獣医になりました。

先祖は笛が得意で、
後白河法皇、後鳥羽天皇に、
褒められた事があります。

自分も、子供の頃、
ピアノを習っていたので、
音楽が好きです。

水族館、動物園勤務時代、
野生動物は、
殺気を感じると、
逃げるので、
殺気を感じさせない為、
歌いながら、
治療していたので、
歌が得意になりました。

尚、色々な事を書いていますが、
話し言葉や細かい所などは、
意訳の場合もあります。

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