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感染予防(2)-自然発生説(3)-ルイ・パスツール(1)-ワイン

大学の学部長などを歴任していた『ルイ・パスツール』は、

酒石酸の性質の解明などの研究で、
成果を出していたので、

1857年にワインの製造業者から、

「最近、ワインが、すぐに腐敗して、味が悪くなるので、
その原因を調べてほしい。」という依頼を受け、

微生物学の研究に、没頭する事となりました。

ワインやビールなどのアルコールが、
発酵からできることは、古代から知られていました。

当時、酵母は発見されていましたが、

発酵の要因とは、考えられていませんでした。

また、腐敗も、微生物によるものとは、考えず、

化学反応で、起きるものと考えていました。

1861年、『ルイ・パスツール』は、
「生物は、自然発生しない。」ということを証明するために、

一切のほこりも入らないようにするため、
口先を横向きのS字型に伸ばし、

白鳥の首のような形をした
フラスコ(白鳥の首フラスコ パスツール瓶)の中で、

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肉汁を煮沸した後、

放置すると、

「生命の素」が含まれるはずの空気は通るので、
微生物が発生して、肉汁は腐敗するはずなのに、
肉汁は腐敗しませんでした。

でも、
フラスコのS字の口先をごく短くカットすると、
すぐに、微生物が発生し、肉汁の腐敗が進みました。

これは、微生物が、
S字の口先の底の部分に溜まって、
フラスコ内部に到達できず、肉汁は、腐敗しなかったのですが、

微生物が侵入することが出来ると、
肉汁が、腐敗するという事を意味していました。

そして、「自然発生説」を否定することに、成功しました。

そして、『ルイ・パスツール』は、
普通のフラスコと「白鳥の首フラスコ(パスツール瓶)」を使用し、

普通のフラスコのワインには微生物が発生し、
明らかに、味が悪くなり、腐敗しましたが、

「白鳥の首フラスコ(パスツール瓶)」のワインには、
微生物が、発生せず、味も変化なく、腐敗しませんでした。

そして、
糖をアルコールに変えるのは、

酵母の働きによるもので(発酵)、

そして、酵母や乳酸菌が瓶内で再増殖したり、

違う種類の微生物が発生すると、

酢酸など違う酸が発生し(腐敗)、

ワインが変質し、味が、悪くなることを証明しました。

そして、そして、『ルイ・パスツール』は、
アルコール発酵が、適量の酵母の働きによると、
発見したので、

ワインの劣化を防ぐには、
微生物を、死滅する必要があると考えました。

そして、1862年より1866年にかけて、

『ルイ・パスツール』と
フランスの医師、生理学者『クロード・ベルナール』が共同で研究し、

60℃程度の低温で、液体を数十分間加熱し、

ワインの風味やアルコール分を飛ばすことなく、

微生物を殺菌する「低温殺菌法」を考案しました。

ちなみに、「低温殺菌法」は、現代も広く行われています。

アルコール12度のワインの「低温殺菌法」は、

50℃で、1分間の加温で、殺菌されるのですが、
一般的には約60℃で、5分間の加温を行っているそうです。

「低温殺菌法」は、「高温殺菌法」と比較して、

熱変性などによる変化が抑えられるので、

本来の風味を損なわず、
かつアルコール分を、飛ばさずに行えますが、

一方で微生物を完全に、死滅させることはできません。

そのため、
一部の耐熱菌は残存しているので、

消費期限は、高温殺菌より短く設定されています。

この「低温殺菌法」は、
現在では、『ルイ・パスツール』の名前から、

フランス語では、「Pasteurisé(パストリゼ)」
英語では、「Pasteurization(パスチャライゼーション)」と、
言われています。

ちなみに、『ルイ・パスツール』と共同で、
ワインのために、「低温殺菌法」を考案した、

医師『クロード・ベルナール』の実家は、ワイン商で、

薬剤師の助手をしていましたが、

コメディの台本書きの趣味が高じて、

21歳の時、劇作家になろうと、

沢山のコメディ作品を書いて、劇団に持ち込みましたが、

評論家から、作家の才能がないので、作家をあきらめ、

現在やっている薬剤師や医者など、医学の道を志すよう勧められ、

助言に従い、色々と考えた末、

パリ大学医学部に入学し、医者となったそうです。

ちなみに、疾病に対する考え方は、
『ルイ・パスツール』と『クロード・ベルナール』は、
まったく違っていましたが、その話は後日…。

ちなみに、
自分も、日本の映画界を世界レベルにするべく、

新風を巻き起こそうと映画監督になろうと考え、

日本大学芸術学部に、
進学しようと考えた事があります。

ちなみに、船乗りにもなりたくて、
商船学校も考えましたが、

アレルギー性鼻炎などで、病院通いしているので、
体力的に持たないと考え、あきらめました。

ちなみに、青年海外協力として、

タンザニアの獣医大学職員として、

大学の同級生と一緒に合格した時や、

水族館勤務の時、ペンギン調査のため、

南極派遣される事になった時、

よく考えた結果、
自分は、体力的に持たないと考え、

タンザニアの獣医大学には、
大学の同級生が行くのを見送り、

南極には、飼育係が行くのを見送りました。

ちなみに、
タンザニアに行った大学の同級生は、
マラリアに感染し、死にかけたそうです。

南極に行った飼育係は、
ブリザードで荷物を飛ばされ、
アメリカの基地に逃げ込んで、助かったそうです。

ただ、オーストラリアやニュージーランドなどを、
数か月、放浪した時は、

行きたいという願望が強く、

よく考えていなかったのですが、

病気をすることも無く、問題ありませんでした。

ただ、放浪は、落ち着いて、よく考えると、出来ません。

ちなみに、
沖縄の動物病院で勤務していた時、
院長のお姉さんが、遊びに来ましたが、

院長のお姉さんの夫は、
タンザニアの獣医大学の教授だったので、
聞いてみると、大学の同級生を知っていたので、
飲み会が、盛り上がりました。

ちなみに、1866年に、
『ルイ・パスツール』と
フランスの医師、生理学者『クロード・ベルナール』が、

「パスチャライゼーション(低温殺菌法)」を、
発明して、全世界を驚かせましたが、

日本の奈良興福寺の塔頭多聞院で、
1478年から1618年の間、代々の僧が、
世の中の事を書きていた日記「多聞院日記」の、

1560年の部分で、

清酒のもろみを濾過してから、1か月以上たって、
酒質が落ち着いてきた頃、

清酒を60℃前後に加熱して、

微生物を殺菌するとともに、
残存している酵素の活性を失わせ、
酒質の変化を止め、安定を図るという、

「火入れ」という、

低温殺菌を行っていたと記載があります。

1881年、東京開成学校の教師になった、
イギリス人『ロバート・ウィリアム・アトキンソン』は、

著作「理科会粋 第五帙 日本醸酒編」で、

当時日本酒で、一般に行われていた「火入れ」について、

『ルイ・パスツール』の「パスチャライゼーション(低温殺菌法)」の発見の

300年以上も前から、

日本では、低温殺菌法の「火入れ」を行っていたことを知り、

驚きをもって書いています。

日本人すごい!

ちなみに、
現在のほとんどのワイナリーでは、

「低温殺菌法」では、ワインの繊細な味わいが、
損なわれてしまうという弱点があるので、

ブドウの持つ本来の香りやワインの味わいを保つため、

加熱工程をせず、
フィルターや遠心分離機などで濾過して、
微生物を取り除く方法で、殺菌しているそうです。

そして、『ルイ・パスツール』は、

「微生物が発酵や腐敗を引き起こす。」ということから、

「微生物が、病気の原因に違いない。」と考え、
伝染病の研究を開始しました。(続く)
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プロフィール

ムーミン

Author:ムーミン
生まれは、福岡、
育ちは、大阪、
現在、秋田市で、
動物病院を開院。

長年、
水族館、動物園で、
獣医師として勤務していました。

短期間ですが、
犬猫行政、
食品衛生業務も
しました。

その後、
長年、
東北、沖縄の
動物病院で勤務しました。

大阪に住んでいた時、
ジュニアリーダーをしていたので、
キャンプなどの指導などをしていました。

旅が好きで、バイクや車で
北海道や東北、関東などを、

野宿しながら、旅をしていました。

そして、
海外14カ国を、旅をして、

海外の複数の動物園や水族館で、
研修しました。

詳しくは、
別のブログ「あっちこっち雑記」で。

祖先は、醍醐源氏の末裔で、
福岡県八女市黒木の
猫尾城の城主を
していました。

先祖は、足利尊氏と戦い、
多々良浜の戦いでは、
敗戦しましたが、

筑後川の戦いなど、
最終的には勝利し、

3代将軍足利義満まで、九州を治め、

中国の「明」と、貿易をしていました。

詳しくは動物病院HPで。

学生時代、
生物学と歴史は好きでした。

試験の時は、
事前に、関連事項まで詳しく調べて、

特に歴史の時は、
現地調査までする事があったので、

筆記試験の時は

関連事項まで、詳細に書くと、

テスト用紙の回答欄のスペースでは、

ものすごく不足したので、

裏まで書いても不足した時には、

2枚目の白紙をもらい、
ぎりぎりまで書いていました。

そのため、
歴史や生物のテスト用紙が配られる時、
あらかじめ、
白紙が、2枚配られるようになりました。

だから、
高校の時、歴史の先生から、
歴史関係の進路を、
ものすごく強く勧められました。

でも、
生物の方が好きだったので、
獣医になりました。

先祖は笛が得意で、
後白河法皇、後鳥羽天皇に、
褒められた事があります。

自分も、子供の頃、
ピアノを習っていたので、
音楽が好きです。

水族館、動物園勤務時代、
野生動物は、
殺気を感じると、
逃げるので、
殺気を感じさせない為、
歌いながら、
治療していたので、
歌が得意になりました。

尚、色々な事を書いていますが、
話し言葉や細かい所などは、
意訳の場合もあります。

リンクはフリーです。

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