感染予防(2)-自然発生説(2)-顕微鏡
- 2022/05/10
- 05:05
眼で見えない小さな生物は、存在しないものでした。
1590年、オランダの眼鏡職人『ハンス・ヤンセン』と、
息子『サハリアス・ヤンセン』が、
世界で初めて、顕微鏡(3-9倍)を作製しました。
ちなみに、
自分が使用している顕微鏡は、1000倍まで見れます。
17世紀後半に、オランダの織物商で、
議会の管理官の市役所職員で、
アマチュア科学者『アントーニ・ファン・レーウェンフック』が、
縫い目や織物の糸を確認するため、
100ー266倍(500倍と言う説もあり)の顕微鏡を発明しました。
ちなみに、
『アントーニ・ファン・レーウェンフック』は、
生涯500以上もの顕微鏡を作製し、
現在残っている顕微鏡は、9個あるそうです。

赤マークのサンプルフォルダーに見たいものを、置いて、
青マークのレンズから観察するそうです。
そして、色々なものを、顕微鏡で確認しました。
『アントーニ・ファン・レーウェンフック』の住んでいるところの、
近所にあるバーケルス湖が、
初夏から盛夏にかけて水が白くなりました。
人々は、この時期に降りてくる霜によって、
白くなると言っていました。
『アントーニ・ファン・レーウェンフック』は、
その白い水の正体に興味を持ったので、
1674年、バーケルス湖の水を、顕微鏡で、観察しました。
すると、水が白くなった原因は、分かりませんでしたが、
誰も見たことがない、奇妙な動く物体を発見しました。
『アントーニ・ファン・レーウェンフック』は、
生物であるという確証はありませんでしたが、
「この世界には、
肉眼では見えない無数の生物が、存在する。
これを、微小動物(animalcule、アニマルクル)と名付ける。
そして、
微小動物の誕生と死を確認した。」と記録しました。
現在、
『アントーニ・ファン・レーウェンフック』の観察日記から、
バーケルス湖の水にいた、奇妙な動く微小動物は、
アオミドロ、輪虫類、繊毛虫類、
ミドリムシなどの原虫類などと考えられています。
次に、『アントーニ・ファン・レーウェンフック』は、
コショウが辛い理由を知ろうして、顕微鏡で、観察しました。
そして、コショウを水に浸けて観察しました。
コショウが辛い理由については、
何の情報も得られませんでしたが、
コショウを浸けた水には、
考えてもみなかった驚くものが観察できました。
1676年4月24日、
『アントーニ・ファン・レーウェンフック』は、
「コショウに浸けた小さな1滴の水の中に、
信じられない位の沢山の微小動物が、
多種類見え、特有の動きで動いていたので、大変驚いた。
私が自然の中で見つけた多くの驚くべきことの中でも、
特に素晴らしいもので、
これ以上に素晴らしい光景を見たことがありません。」と、
記録しました。
自分も、大学院で、
微生物教室と伝染病教室に所属していたせいか?
現在も、診察で、動物の検便をしている時、
動き回るたくさんの微生物に、見とれる事があります。
『アントーニ・ファン・レーウェンフック』は、
生き物がいると予想して、
バーケルス湖の水や、コショウに浸けた水を、
観察したわけではありませんでした。
このように、予想外のものを発見することを、
「セレンディピティ(serendipity)」と言います。
「セレンディピティ(serendipity)」という言葉は、
イギリスの政治家で、小説家で、
愛猫家の『ホレス・ウォルポール』が、
生み出した造語です。
1754年に、友人に宛てた手紙で、
自分がしたちょっとした発見について説明する時に、
「私の発見は、私に言わせれば、
まさに、「セレンディピティ(serendipity)」です。
この「セレンディピティ(serendipity)」という言葉は、
とても表現力に満ちた言葉です。
幼い頃、童話「セレンディップ(現在のスリランカ)の3人の王子」を、
読んだことがあるのですが、
その話で、王子たちは旅の途中、いつも意外な出来事と遭遇し、
彼らの聡明さによって、彼らがもともと探していなかった、
何かを発見するのです。
たとえば、王子の1人は、自分が進んでいる道の、
少し前に片目のロバが歩いていたことを発見します。
なぜ分かったかというと、
道の左側の草だけが食べられていたためなのです。
さあ、これで、「セレンディピティ(serendipity)」が、
どのようなものか理解していただけたでしょう?」と書きました。
ちなみに、自然科学の世界では、
「セレンディピティ(serendipity)」で、
大きな発見につながる場合が、多いのですが、
後日話をしますが、
『ウィリアム・ヘンリー・パーキン』の色素の話、
『アレクサンダー・フレミング』による、
リゾチームとペニシリンの発見など、たくさんあります。
そして、
『アントーニ・ファン・レーウェンフック』が、自分の発見を、
ロンドン王立協会に報告すると、大変な反響がありました。
そして、公証人や法律事務所関係の8人が、
『アントーニ・ファン・レーウェンフック』の家を訪れました。
そして、
「確かに、1滴の水の中に動いている大量の微小動物を見ました。
生きているかどうかの証明を見たいと言うと、
『アントーニ・ファン・レーウェンフック』が、
少量のお酢を加えました。
すると、微小動物は、死んだのか、
まったく動きませんでした。」と報告しました。
『アントーニ・ファン・レーウェンフック』も、
自然発生説には否定的でした。
『アントーニ・ファン・レーウェンフック』は、
細菌を観察していた時、
分裂中の細菌を見つけました。
これを、交尾中の細菌と考えました。
『アントーニ・ファン・レーウェンフック』は、
細菌は、交尾の結果生まれる細菌の卵があるはずと考え、
観察を続けましたが、見つける事が出来ませんでした。
当時は、「昆虫やダニなどの微小な生物は、
無生物を生物にする「生命の素」が、
含まれている泥などの無生物から、自然に発生する。」という
「自然発生説」が、
当然のように、信じられていました。
そのため、微生物の研究は、
自然発生説への挑戦でした。
そのため、多くの人々は、
『アントーニ・ファン・レーウェンフック』に対して、
「何の役に立つのか?
そんな発見は、不可能だ!
この世には存在しない物を、
魔法や手品で見せているだけだ!」と、批判していました。
ちなみに、1508年のイタリアのヴェローナの、
『アレクサンダー・ベネディクトゥス』が、
虫眼鏡を使い、「皮膚やチーズに小さな虫がいる。」と記しているので、
見えない小さな生物がいることは、一部の人々は、知っていました。
『アントーニ・ファン・レーウェンフック』は、
批判する人々に対して、
「こんな発見が不可能だと、批判したり、
私のことを魔法使いで、
私がこの世には存在しない物を、
見せているとも言っています。
無知な人々の言っている事は、気にしません。
知らないから、言っているだけです。
私は、無知な人々のために、観察しているのではありません。
男性の体に、
自分とは違う微小動物(精子)があるということを、
信じな大学もあります。
しかし、私は自分が、正しいということを、
よく知っているので、気にしていません。
私は、他の人達が思っているよりもずっと多くの時間を、
観察に費やしました。
ただ、本当の学問をする人に対してだけを、
相手にしています。」と言いました。
そして、
1680年、『アントーニ・ファン・レーウェンフック』は、
生命自然発生説を否定するため、
1668年の『フランチェスコ・レディ』のウジ虫発生実験と、
同じような実験を行いました。
『アントーニ・ファン・レーウェンフック』は、
2つのフラスコに、コショウと沢山の水を入れ、数分加熱しました。
1つ目のフラスコは、そのままにしていると、
5日目に、観察すると、フラスコの液の中には、
各種の微小動物が群れているのが、観察されました。
2つ目のフラスコは、
液が冷えてから、入口を焼いて閉じました。
5日後、この液には、微小動物がいないものと期待しましたが、
観察すると、沢山の微小動物が観察されました。
生命自然発生説否定論者の
『アントーニ・ファン・レーウェンフック』が行った実験で、
生命が自然に湧いてしまったのです。
しかも、この実験は誰がやっても同じように再現されたので、
『アントーニ・ファン・レーウェンフック』は、
生命自然発生説を否定しようとしたのに、
反対に、
生命自然発生説が、再び強く支持されるようになり、
その後、200年以上も、論争の種になったそうです。
ちなみに、
『アントーニ・ファン・レーウェンフック』が行った実験には、
問題点がありました。
まず、
コショウのような食材料は、
熱が伝わりにくく、殺菌は困難で、
加熱時間が、不十分だった可能性が、あります。
加熱した液を冷やしてから口を閉じましたが、
冷やすまでの間に、
外から細菌を含んだ空気が流れ込んだ可能性、
当時は、消毒という概念が、無かったので、
口を閉じる作業中に、
消毒していない道具や手から、細菌が入った可能性がありました。
そして、その後、
「近代細菌学の開祖」と言われる
フランスの生化学者『ルイ・パスツール』が、決着をつけました。(続く)
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