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感染予防(2)-自然発生説(1)

古代ギリシャ時代の
哲学者『アリストテレス』が説いた、

「昆虫やダニなどの微小な生物は、

無生物を生物にする「生命の素」が、
含まれている泥などの無生物から、自然に発生する。」という、

「自然発生説」が、長い間信じられてきました。

17世紀当時、
汗まみれの布で小麦を巻き、それを壺に入れると、

21日以内には、それがハツカネズミへと生まれ変わる、

腐った肉がウジ虫を発生させるなど、

生命を作るレシピが、本当に信じられていました。

しかし、1668年、
イタリアの内科医、生物学者で、
詩人の『フランチェスコ・レディ』は、

自然発生説の考えを否定し、

ウジ虫は、ハエから生まれるものだと証明しようとして、

6つのビンを用意しました。

そして、それを3つずつ、2グループに分け、

ビンの中に、
魚の死骸、牛肉、何も入れないのを準備しました。

そして、1つ目のグループには、
ビンの口を、目の細かいガーゼで覆い、
空気しか出入りしないようにし、

2つ目のグループには、ビンの口に、
何もつけず放置しました。

すると、
ハエが、自由に出入り出来た、
ビンの口に何もつけなかった、
魚の死骸、牛肉には、ウジ虫が発生しましたが、

ハエが、自由に出入り出来なかった、
ビンの口に目の細かいガーゼで覆ったビンには、
ウジ虫が発生しませんでした。

さらに死んだ蛆やハエを、
肉や魚の死骸と一緒に、
ガーゼで覆ったビンに入れましたが、

ウジ虫は、発生しませんでした。

しかし、人々は、この実験は、
単に、ウジ虫は、腐った肉から発生するものではない事が、
証明されただけで、

自然発生説を、否定するものでは、ないと考えました。

しかし、
『フランチェスコ・レディ』の、
異なる条件を複数用意するという実験方法は、
現在では、対照実験と呼ばれ、
実証科学の端緒となる画期的なものでした。

そして、1745年、

イギリスの生物学者で、
カトリックの司祭の『ジョン・ニーダム』は、

肉汁をガラス瓶にいれてコルクで栓をした後、加熱し、

冷ました後、数日たってから、
観察すると、多くの微生物が発生していたので、

ことから微生物が自然発生したと主張しました。

そして、イタリアの博物学者で、
「実験動物学の祖」と呼ばれることになる
『ラザロ・スパランツァーニ』は、

『ジョン・ニーダム』の実験結果に疑問を持ち、

1765年、ガラス瓶に肉汁を、長い時間をかけて加熱処理し、

コルクを使わず

ガラス瓶の口を開放にしたままのものと、

ガラス瓶の口を溶かして、密封したものの、2つを用意し、

観察した結果、実験を行い、
密封した方には、微生物が、自然発生しないことを確かめました。

しかし、『ラザロ・スパランツァーニ』ら「自然発生説」派の人々は、

「密封したことにより、
新鮮な空気との接触ができなくなったから、
生命の発生を、失敗しただけで、

生命が発生するには、新鮮な空気が必要だ!」と反発しました。(続く)
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プロフィール

ムーミン

Author:ムーミン
生まれは、福岡、
育ちは、大阪、
現在、秋田市で、
動物病院を開院。

長年、
水族館、動物園で、
獣医師として勤務していました。

短期間ですが、
犬猫行政、
食品衛生業務も
しました。

その後、
長年、
東北、沖縄の
動物病院で勤務しました。

大阪に住んでいた時、
ジュニアリーダーをしていたので、
キャンプなどの指導などをしていました。

旅が好きで、バイクや車で
北海道や東北、関東などを、

野宿しながら、旅をしていました。

そして、
海外14カ国を、旅をして、

海外の複数の動物園や水族館で、
研修しました。

詳しくは、
別のブログ「あっちこっち雑記」で。

祖先は、醍醐源氏の末裔で、
福岡県八女市黒木の
猫尾城の城主を
していました。

先祖は、足利尊氏と戦い、
多々良浜の戦いでは、
敗戦しましたが、

筑後川の戦いなど、
最終的には勝利し、

3代将軍足利義満まで、九州を治め、

中国の「明」と、貿易をしていました。

詳しくは動物病院HPで。

学生時代、
生物学と歴史は好きでした。

試験の時は、
事前に、関連事項まで詳しく調べて、

特に歴史の時は、
現地調査までする事があったので、

筆記試験の時は

関連事項まで、詳細に書くと、

テスト用紙の回答欄のスペースでは、

ものすごく不足したので、

裏まで書いても不足した時には、

2枚目の白紙をもらい、
ぎりぎりまで書いていました。

そのため、
歴史や生物のテスト用紙が配られる時、
あらかじめ、
白紙が、2枚配られるようになりました。

だから、
高校の時、歴史の先生から、
歴史関係の進路を、
ものすごく強く勧められました。

でも、
生物の方が好きだったので、
獣医になりました。

先祖は笛が得意で、
後白河法皇、後鳥羽天皇に、
褒められた事があります。

自分も、子供の頃、
ピアノを習っていたので、
音楽が好きです。

水族館、動物園勤務時代、
野生動物は、
殺気を感じると、
逃げるので、
殺気を感じさせない為、
歌いながら、
治療していたので、
歌が得意になりました。

尚、色々な事を書いていますが、
話し言葉や細かい所などは、
意訳の場合もあります。

リンクはフリーです。

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