感染予防(1)-消毒の大切さを訴え続けたため、殺された医師『センメルヴェイス・イグナーツ・フュレプ 』(3)
- 2022/04/18
- 05:05
「手洗いによる消毒が、産褥熱を防げる、」と
消毒の効果を、発表しました。
しかし、現在、うがい、手洗いなど、消毒が、
病気の感染を防ぐというのが、常識ですが、
当時は、病原菌などの概念が、ありませんでした。
その上、
『センメルヴェイス・イグナーツ・フュレプ 』の説を認めると、
「患者を殺していたのは、医師の手である。」という、
医師にとって受け入れがたい結論になるので、
当時の医学界には、まったく受け入れられず、
大きな反発を呼びました。
それでも、
『センメルヴェイス・イグナーツ・フュレプ 』は、
1人でも多くの妊婦を救おうと使命感に燃え、
「次亜塩素酸カルシウムで手を消毒することで、
劇的に産婦の死亡率を、
下げることが出来る!」と強く訴え続けました。
しかし、
『センメルヴェイス・イグナーツ・フュレプ 』は、
「仮名:死体粒子」を、発見できませんでした。
ちなみに、『センメルヴェイス・イグナーツ・フュレプ 』は、
口頭では言っていましたが、
自身の成果を、著述していませんでした。
『センメルヴェイス・イグナーツ・フュレプ 』の説に対して、
医学界からは、
「医者が病気を移すだと? ふざけるな!」、
「医者とは高貴で綺麗なのだ!
それを、医者が汚染源だと?
死体粒子などと言うのは、
嘘つきの狂人のたわごとだ!」、
「医者が、病気を移すというなら、
患者を救うために、
医者は、自殺した方が良いと言うのか?」、
「根拠の無い妄想で、医学を語るな!」、
「実証主義の私が言うが、
死体粒子が、人間を、死体に変えるなんで、
非科学的な妄想だ!」などと、
非難と嘲笑され続けました。
それでも、
『センメルヴェイス・イグナーツ・フュレプ 』は、
「手を洗えば、救える命がある!」と、
ヨーロッパ中の主要な産科医たちに、
積極的に、訴え続けました。
ちなみに、
全員が、批判したわけではありませんでした。
オーストリアの主要な医学雑誌の
編集者『フェルディナント・フォン・ヘブラ』は、
1847年と1848年の2回、
誌上で『センメルヴェイス・イグナーツ・フュレプ 』の発見は、
『エドワード・ジェンナー』の種痘法発明に、
匹敵するほどに重大なものであると主張しました。
1848年、
『センメルヴェイス・イグナーツ・フュレプ 』の教え子たちが、
業績の解説書を出し、
ロンドンの王立医学・外科協会で紹介されたり、
医学雑誌「ランセット」に書評が掲載されたり、
フランスの雑誌に掲載されたそうです。
そして、比較的、イギリスでは、
『センメルヴェイス・イグナーツ・フュレプ 』の説は、
受け入れられたそうです。
ただし、
イギリスの産科医たちは、
理論を理解したわけではなく、
イギリスの著名な産科医『ウィリアム・タイラー・スミス』は、
「以前から、イギリスの産科医たちは、
知っていたが、
解剖室から流れ出した悪い空気が、
産褥熱を引き起こす事に、
『センメルヴェイス・イグナーツ・フュレプ 』が、
決定的に見抜いた。」と言いました。
『ジェームズ・ヤング・シンプソン』医師は、
「イギリスでは、悪い空気が、
産褥熱を引き起こすという事までは、
研究が進んでいるので、
『センメルヴェイス・イグナーツ・フュレプ 』が、
イギリスの研究成果を全く知らなかったのだ。」と言いました。
ドイツのキールの大学の
『グスタフ・アドルフ・ミハエリス』産科教授は、
『センメルヴェイス・イグナーツ・フュレプ 』の説に納得し、
連絡を取り合っていました。
しかし、実のところ、
『グスタフ・アドルフ・ミハエリス』産科教授は、
「伝染病は、不清潔からもたらされる。」という原則を、
まったく理解出来ていませんでした。
そして、
『グスタフ・アドルフ・ミハエリス』産科教授は、
不清潔な病室で出産直後の従妹を診療した結果、
従妹を、産褥熱で、死なせてしまい、
深く責任を感じた末に、自殺したそうです。(続く)
- 関連記事
-
- 感染予防(1)-消毒の大切さを訴え続けたため、殺された医師『センメルヴェイス・イグナーツ・フュレプ 』(1)
- 感染予防(1)-消毒の大切さを訴え続けたため、殺された医師『センメルヴェイス・イグナーツ・フュレプ 』(2)
- 感染予防(1)-消毒の大切さを訴え続けたため、殺された医師『センメルヴェイス・イグナーツ・フュレプ 』(3)
- 感染予防(1)-消毒の大切さを訴え続けたため、殺された医師『センメルヴェイス・イグナーツ・フュレプ 』(4)
- 感染予防(1)-消毒の大切さを訴え続けたため、殺された医師『センメルヴェイス・イグナーツ・フュレプ 』(5)