昔話(11)-藤原氏と陰陽師と天皇(7)

陰陽師『安倍晴明』の地位を確立したのは、
優秀な2人の息子が、
いたからだと言われています。

『安倍吉平』は、陰陽博士となり、
地震を予知したそうです。

『安倍吉昌』は、
ついに安倍氏念願の陰陽道の最高地位の
『陰陽寮』の長官の『陰陽頭』に任命され、

明治政府により廃止されるまで、
『安倍晴明』子孫の『土御門』家が担当され、
陰陽道の主導権を握っていたそうです。

『安倍』ではなく、
『土御門』と名乗るようになったのは、

室町時代に公家社会では、
本姓ではなく家名を称するようになったので、

家名の『土御門』を、
名乗るようになったそうです。

そして、『安倍晴明』の子孫は、
明治維新後華族令により、
子爵を授けられたそうです。

ちなみに、
『土御門』家の領地だった
福井県おおい町にある 『天社土御門神道 本庁』と、
千葉県船橋市にある『天社土御門神道 
東京支教会』では、

『土御門』家の関係者の方が、
現在も、厄除け、無病息災などの祈祷や
占いをやられているそうです。

ちなみに、京都の『安倍晴明』の屋敷跡に、
『一条天皇』の命により創建された
『安倍晴明』を祀る『晴明神社』があります。

『晴明神社』には、『晴明井』といわれる井戸があり、
その水は『晴明水』と呼ばれ、
無病息災のご利益があるそうです。

ちなみに、(続く)
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