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2人の大量殺人鬼を生み出したコロンビア(3)-「ラ・ビオレンシア(暴力)の時代」(2)-『グスタボ・ロハス・ピニージャ』大統領

政権を握った『グスタボ・ロハス・ピニージャ』大統領は、

一般大衆 の利益や権利を守るという事で、

ポピュリズム(大衆主義)政策を掲げ、

武装化した市民や農民達に、

農地改革と貧困対策を取ることと、

武装化した市民や農民達が、
今までしてきた暴力行為に関して、罪を問わないので、

暴力をやめて、平和な世の中になろうと説得し、

武装化した市民や農民達の武装解除に成功しました。

『グスタボ・ロハス・ピニージャ』大統領は、
国民に寛大な大統領のイメージを持たせよう考え、

1955年、
農民達を、弾圧を行っていた罪により、
刑罰が決まっていた地主達に、恩赦をかけました。

そのため、農民達は、怒りました。

そして、『グスタボ・ロハス・ピニージャ』大統領は、
より、自分の事を、寛大に見せるため、

過激すぎて、投獄されていた保守党支持派の人々を、

次々に釈放しました。

すると、
釈放された過激派の保守党支持派の人々は、

釈放された途端に、「仕返しだ!」と言って、

自由党支持者の市民や農民を、

次々と殺し始めました。

そのため、
市民や農民は、政府に不信感を深め、

『グスタボ・ロハス・ピニージャ』大統領に対する、

抗議デモが発生し、再び、武装化しました。

そのため、
『グスタボ・ロハス・ピニージャ』大統領は、

「ポピュリズム(大衆主義)政策は、失敗だ!」と言って、

一転して、強硬姿勢を取り、

独裁政治を行うようになりました。

そして、
1956年2月5日、
『グスタボ・ロハス・ピニージャ』大統領は、

大統領に、敬意を示さなかったという理由で、

軍隊を投入して、武装化した市民や農民達と、

関係ない多数の市民も含めて、大量虐殺しました。

それに対抗するため、

市民や農民達は、さらに武装化し、

「コロンビア革命軍(FARC)」を結成し、

反政府ゲリラ活動を、続ける事になりました。

『グスタボ・ロハス・ピニージャ』大統領の政策が失敗したので、

それまで対立していた保守党と自由党の幹部たちは、

軍事政権打倒で、利害が一致したことから結託し、

1957年、『グスタボ・ロハス・ピニージャ』大統領を、退陣させました。(続く)
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プロフィール

ムーミン

Author:ムーミン
生まれは、福岡、
育ちは、大阪、
現在、秋田市で、
動物病院を開院。

長年、
水族館、動物園で、
獣医師として勤務していました。

短期間ですが、
犬猫行政、
食品衛生業務も
しました。

その後、
長年、
東北、沖縄の
動物病院で勤務しました。

短期間ですが、
オーストラリアなど
海外の複数の動物園や水族館で、
研修しました。

海外14カ国を、旅しました。

詳しくは、
別のブログ「あっちこっち雑記」で。

祖先は、醍醐源氏の末裔で、
福岡県八女市黒木の
猫尾城の城主を
していました。

先祖は、足利尊氏と戦い、
多々良浜の戦いでは、
敗戦しましたが、

筑後川の戦いなど、
最終的には勝利し、

3代将軍足利義満まで、九州を治め、

中国の「明」と、貿易をしていました。

詳しくは動物病院HPで。

学生時代、
生物学と歴史は好きでした。

試験の時は、
事前に、関連事項まで詳しく調べて、

特に歴史の時は、
現地調査までする事があったので、

筆記試験の時は

関連事項まで、詳細に書くと、

テスト用紙の回答欄のスペースでは、

ものすごく不足したので、

裏まで書いても不足した時には、

2枚目の白紙をもらい、
ぎりぎりまで書いていました。

そのため、
歴史や生物のテスト用紙が配られる時、
あらかじめ、
白紙が、2枚配られるようになりました。

先祖は笛が得意で、
後白河法皇、後鳥羽天皇に、
褒められた事があります。

自分も、子供の頃、
ピアノを習っていたので、
音楽が好きです。

水族館、動物園勤務時代、
野生動物は、
殺気を感じると、
逃げるので、
殺気を感じさせない為、
歌いながら、
治療していたので、
歌が得意になりました。

尚、色々な事を書いていますが、
話し言葉や細かい所などは、
意訳の場合もあります。

リンクはフリーです。

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