フランス料理(2)-フランス革命とレストランの関係
- 2021/06/12
- 05:05
美味しい料理は、
王侯貴族や一部の富裕層だけが、楽しむだけで、
庶民は、そもそも美食を追求するような豊かな生活ではなく、
総じて質素で貧しく、
餓死しない様に、食べているだけで、
食事は、家以外で食べるのは、
宿屋か居酒屋だけでした。
そして、フランス革命により、宮廷料理人が、職場を失い、
街で、食堂を開設したので、
庶民が、美食の追求や、食を介して楽しむ時間と空間の素晴らしさを、
知ることになり、
フランス社会に、
新しい「レストラン文化」というものを形成し、
フランス料理が、美味しくなったと言われています。
そして、フランス革命後、
多くの地方の人が、料理をしてくれる家族を残して、
パリに集まった事で、益々、食堂が流行ったそうです。
レストランとは、
フランス語で、回復、戻すを意味する「restaurer」が語源で、
1765年、パリのプーリ通りに開店した『ブーランジェ』が、
羊の足をホワイトソースで煮込んだ料理や、
肉や野菜を煮込んだ料理を、
「元気になる食べ物」ということで、
「レストラン」という名前で売り出すと、大評判となりました。
当時の飲食業界、商人にはギルド制があったので、
豚肉ギルドでは、鶏肉ギルドの鶏肉を売ってはいけないとか、
煮込み料理のギルドの店が、
焼肉を出したければ、
焼肉ギルドから仕入れないといけない、というような、
しきたりがあり、
自由に料理を作って、
自由に営業するという事が、難しい時代だったので、
煮込み料理のギルドが、訴訟を起こしました。
しかし、裁判では、
「これはレストランという新しい料理で、
煮込み料理ではない。」という事で、
『ブーランジェ』側が勝利しました。
その後、
『ブーランジェ』の店は、大繁盛したので、
「レストラン」と称する食堂が多数出来たそうです。
1782年、『プロヴァンス伯爵(後のルイ18世)』の
料理長『アントワーヌ・ボーヴィリエ』が、
パリに、「Grand Taverne de Londres」という店を、
富裕層のために、開業しました。
それまでは、
着飾って行儀を正して、テーブルに向かい、
食事していたのですが、
「Grand Taverne de Londres」では、
客が、それぞれテーブルについて、
メニューから料理を選ぶ事を、
世界で初めて行われたのですが、
すぐには、一般社会に定着しませんでした。
19世紀になっても、
パリ以外ではレストランは流行していなかったので、
イギリスの旅行ガイドブックには、
パリに行った時は、
レストランでの食事をすすめると、書かれていたそうです。(続く)
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