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フランス革命(18)-バスティーユ牢獄(5)-10人の生首(2)

バスティーユ牢獄の中で、
交渉が長びく中、

バスティーユ牢獄の外では、
次第に数千人規模の人々が、集まりはじめました。

当時のフランスの平民は、

日頃から、食べ物も無く、何もしなくても、
餓死してもおかしくないし、

失うものが何も無く、イライラしているのに、

長く待たされているので、

不安と苛立ち興奮状態が、最高潮に達しました。

すると、群衆の一部が、跳ね橋の鎖を破壊したので、

沢山の群衆が、
バスティーユ牢獄の中庭へ侵入しました。

バスティーユ牢獄の守備隊は、恐怖にとらわれ、

震える声で、警告をしながら、発砲しました。

群衆は、バスティーユ牢獄側の裏切りだと言って、
暴徒化し、その後、約4時間、大激戦状態となりました。

暴徒化し、攻撃に加わった群衆側は、千人以上いましたが、
所詮、戦闘に関しては、素人集団で、
指揮系統は、バラバラで、集団で戦う方法や
武器の使い方も、慣れていませんでした。

それに対し、
バスティーユ牢獄の守備隊は、約110人でしたが、
戦いのプロ集団で、訓練されていたので、よく守り、

最初は、
バスティーユ牢獄の守備隊の死傷者は、数人でしたが、

群衆側は、押され気味で、

群衆側の死傷者は、数十人以上出し、

攻めあぐねて、
遠巻きにして眺める位にしか出来ず、

バスティーユ牢獄の守備隊の方が、完全に優勢でした。

しかし、途中から、
国王軍から離反した兵士が、群衆側に加わったので、

形勢が、一気に大逆転しました。

そして、追い詰められて、敗北を悟った、
バスティーユ牢獄司令官『ベルナール=ルネ・ド・ローネー』は、

「要塞内部には水源がなく、食糧供給が限られているため、

誰も害されないという条件で降伏する。

この条件が拒否されれば、
要塞と周辺地区全体を、爆破する。」と言いましたが、

暴徒化し、興奮状態の群衆側は、
無条件で降伏する事を求め、拒絶しました。

そのため、
バスティーユ牢獄司令官『ベルナール=ルネ・ド・ローネー』は、

バスティーユ牢獄の守備隊に、爆破するよう命じましたが、

命令を拒否しました。

そして、
バスティーユ牢獄司令官『ベルナール=ルネ・ド・ローネー』は、
「自分で爆破する!」と言って、
火薬が備蓄されている地下室に、向かおうとしましたが、

バスティーユ牢獄の守備隊によって、阻止されました。

そして、最終的に、
バスティーユ牢獄司令官『ベルナール=ルネ・ド・ローネー』は、

降伏し、バスティーユ牢獄は、陥落し、
牢に入れられていた7人の囚人は、解放されました。

そして、
バスティーユ牢獄司令官『ベルナール=ルネ・ド・ローネー』は、
身柄を確保されました。

暴徒化した群衆は、
バスティーユ牢獄司令官『ベルナール=ルネ・ド・ローネー』を、
殺害しようとしましたが、

群衆のリーダーが、

「彼にも、裁判を受ける権利がある。」と制止し、
その場は、いったん収まりました。

そして、
『池田理代子』先生の漫画「ベルサイユのばら」の
男装の麗人『オスカル・フランソワ・ド・ジャルジェ』のモデルの

スイス人傭兵連隊の兵卒
『ピエール=オーギュスタン・ユラン』により、

裁判を受けさせるため、
パリ市庁舎まで、連行される事になりました。

ちなみに、『ピエール=オーギュスタン・ユラン』は、
その後、『ナポレオン』にも使え、活躍し、
一兵卒から将軍にまでなり、勲章を受けたそうです。

ちなみに、
何故、スイス人傭兵が、
フランスにいるのかについては、後日…。(続く)
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プロフィール

ムーミン

Author:ムーミン
生まれは、福岡、
育ちは、大阪、
現在、秋田市で、
動物病院を開院。

長年、
水族館、動物園で、
獣医師として勤務していました。

短期間ですが、
犬猫行政、
食品衛生業務も
しました。

その後、
長年、
東北、沖縄の
動物病院で勤務しました。

短期間ですが、
オーストラリアなど
海外の複数の動物園や水族館で、
研修した事があります。

海外14カ国を、旅しました。

詳しくは、
別のブログ「あっちこっち雑記」で。

祖先は、醍醐源氏の末裔で、
福岡県八女市黒木の
猫尾城の城主を
していました。
詳しくは動物病院HPで。

学生時代、
生物学と歴史は好きでした。

試験の時は、
事前に、関連事項まで詳しく調べて、

特に歴史の時は、
現地調査までする事があったので、

筆記試験の時は

関連事項まで、詳細に書くと、

テスト用紙の回答欄のスペースでは、

ものすごく不足したので、

裏まで書いても不足した時には、

2枚目の白紙をもらい、
ぎりぎりまで書いていました。

そのため、
歴史や生物のテスト用紙が配られる時、
あらかじめ、
白紙が、2枚配られるようになりました。

先祖は笛が得意で、
後白河法皇、後鳥羽天皇に、
褒められた事があります。

自分も、子供の頃、
ピアノを習っていたので、
音楽が好きです。

水族館、動物園勤務時代、
野生動物は、
殺気を感じると、
逃げるので、
殺気を感じさせない為、
歌いながら、
治療していたので、
歌が得意になりました。

尚、話し言葉や細かい所などは、
意訳の場合もあります。

リンクはフリーです。

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