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フランス革命(13)-『サンジェルマン』伯爵の予言

『サンジェルマン』伯爵は、

スペイン王妃『マリー=アンヌ・ド・ヌブール』と
『メルガル』伯爵の私生児と言われていて、

数カ国語を流暢に話し、
化学、歴史、錬金術など様々な分野の知識が豊富で、
その上、バイオリンなど楽器の一流の奏者で、
作曲や絵の才能もあり、

鏡と水とアルコールを使った占いも出来て、

TV番組「芸能人格付けチェック」の
『GACKT』の様に、
ほとんどの絵を一見しただけで、
作者を言い当てたそうです。

ちなみに、『サンジェルマン』伯爵が、
作曲したという曲が、you tubeで、聞けます。


1758年、『ルイ15世』は、

オーストリア大使『ベイアイル』から、

「『サンジェルマン』伯爵が、ダイヤモンドから、
傷を取り除く術を知っている。」と聞きました。

そして、
『ルイ15世』は、
『サンジェルマン』伯爵に、興味を持って、

気に入っていたけど、
傷があって、残念だと思っていたダイヤモンドを、

試しに、『サンジェルマン』伯爵に、渡してみました。

しばらくすると、
『サンジェルマン』伯爵は、
「化学的方法で、傷を取り除いた。」と言って、

傷の消えたダイヤモンドを、
『ルイ15世』に献上しました。

『ルイ15世』は、感激し、
『サンジェルマン』伯爵と会ってみると、

その落ちついた雰囲気と、
豊富な話題と魅力的な話し方などの人柄に惹かれ、
親しい関係となりました。

そして、『サンジェルマン』伯爵は、
『ルイ15世』のシャンボール城に、
住む部屋と研究室を、与えられたそうです。

『ルイ15世』の一番の側近
『エティエンヌ・フランソワ・ド・
ショワズール(ショワズール) 』公爵 は、

『ルイ15世』と親しくする『サンジェルマン』伯爵に、
嫉妬しました。

そのため、『ショワズール 』公爵 は、

『サンジェルマン』伯爵が、
ペテン師として、信用を無くさせ、
『ルイ15世』に、相手にされない様にしたいと考え、

ものまね芸人『マイロード・ガワー』に、

『サンジェルマン』伯爵に変装させ、

各地のサロンに顔を出して、

「不死の薬を飲んだので、死ぬことが出来ない。

長く生きているのは、疲れる。」、

「2千年以上生きている。」、

「ソロモン王やシバの女王らと面識があった。」、

「『アレクサンダー』大王と杯を交わした。」、

「『イエス・キリスト』に会って、
恐るべき末期を予言された。」、

「『シーザー』のローマ凱旋は、
素晴らしい体験だった。」、

「十字軍に従軍した時、パレスチナで、
イングランド王『リチャード1世』と話した。」、

「不老不死なので、霊薬エリクシールを口にする他は、
食事は必要としない。」など、

ありそうもない、ほら話を吹聴しまくったそうです。

まもなく、
『マイロード・ガワー』の正体が、

露見しましたが、

『サンジェルマン』伯爵の噂話だけが、
独り歩きして、どんどん広がりを見せました。

そして、
本物の『サンジェルマン』伯爵は、

噂話を、いっさい否定しなかったし、

元々、人と一緒に食事をすることが嫌いだったので、
人前では全く食事をしなかったので、

一層ミステリアスな雰囲気を、醸し出しました。

ある時、
フランスの劇作家『ニコラス・シャンフォール』が、
『サンジェルマン』伯爵の使用人に、

「あなたの主人は、

本当に2千歳なのですか?」と聞いたそうです。

すると、使用人は、

「私は、たった3百年しか、

お仕えしていないのですから、

本当の所は、知りません。」と答えたそうです。

フランスの作曲家『ジャン=フィリップ・ラモー』は、

「何度か『サンジェルマン』伯爵に、
会ったことがあるが、

数十年たっても、どれも同じ年齢の
『サンジェルマン』伯爵だった。
神秘そのものだとしかいいようがない。」と
記録しています。

そして、
『ショワズール』公爵は、

『ルイ15世』の
『サンジェルマン』伯爵の信用度を無くすため、
何度も、策略をめぐらせました。

そして、1760年、でっち上げた証拠で、

『サンジェルマン』伯爵を、スパイ容疑で告発して、

ようやく、宮廷から追い出すことに成功しました。

そして、
『サンジェルマン』伯爵は、国外追放される事になりました。

『サンジェルマン』伯爵は、『ルイ15世』と別れ際に、

「貴方の孫(『ルイ16世』)は、

良い君主とならなければ、

革命が起きて、

その犠牲となり、斬首されてしまいます。

充分に気を付けて、

良い教育をして下さい。」と忠告したそうです。

そして、
『サンジェルマン』伯爵が、
行先について、思案していると、

フランスの哲学者
『フランソワ=マリー・アルエ(ヴォルテール)』は、
親しくしていたプロイセン王『フリードリヒ2世』に、

「『サンジェルマン』伯爵は、決して死ぬことがなく、
全てを知っている人物です。」と紹介し、

1766年から、
プロイセン王『フリードリヒ2世』の庇護を、
受ける事になったそうです。

プロイセン王『フリードリヒ2世』も、

「『サンジェルマン』伯爵は、死なない人間だ。」と、
言ったそうです。

ちなみに、プロイセン王『フリードリヒ2世』は、

「言葉を一切教わらなかった赤ちゃんは、
どんな言葉を話すようになるのか?」と疑問に思い、

50人の生まれたばかりの赤ちゃんを集めさせ、
部屋に隔離しました。

そして、ミルクやお風呂や排せつの世話はするが、

目を見ないようにし、笑いかけたり、話しかけたり、
スキンシップもしないで、育てたそうです。

すると、言葉はしゃべらず、
3歳までに49人が死亡し、
6歳に最後の1人が死亡したそうです。

そして、
ナチスの迫害により、アメリカに亡命し、
ニューヨーク市立大学大学院客員教授、
コロラド大学医学部精神科客員教授、

スイスのジュネーブ大学医学部精神科教授などを、
歴任した心理学者『ルネ・スピッツ』は、

プロイセン王『フリードリヒ2世』の実験に、
興味を持ち、

第二次世界大戦後のスイスで、
戦争で孤児になった乳児55人に対し、

食事や排泄など日常の世話はするが、

話しかけたり、笑いかけたり、
スキンシップを一切しないで、
育てるという実験をしました。

その結果、55人中、27人が、2年以内に死亡し、
成人前に17人が死亡し、

生き残った11人は、生き続けましたが、
知的障害や情調障害が、見られたそうです。

そして、人を育てる時、
言葉とスキンシップが、大切という事が、
分かったそうです。

そして、1774年5月10日、
『ルイ15世』が死亡し、
『ルイ16世』が、新しくフランス王として即位した時、

『サンジェルマン』伯爵は、
親しかった『ルイ15世』に、お別れを言いに、
再びフランスに現れたそうです。

その時、老けこんだ様子は、
全く認められなかったそうです。

そして、
『サンジェルマン』伯爵は、『ルイ16世』に、

「政治のカジの取り方には、
くれぐれも注意してくださるように。

さもないと、やがて恐ろしい破局が訪れます。」と、
忠告したそうです。

そして、その後、『サンジェルマン』伯爵は、

各地を点々とし、

錬金術に関心を持っていた、
シュレースヴィヒ=ホルシュタイン州の
エッカーンフェルデの
『カール・フォン・ヘッセン・カッセル』総督の下に
身を寄せますが、

持病の、鬱病とリューマチに、
苦しんでいたそうです。

そして、
1784年2月27日、『サンジェルマン』伯爵は、
『カール・フォン・ヘッセン・カッセル』総督に、
仕えている女性2人の腕の中で、
死亡したそうです。

死ぬ前に、『サンジェルマン』伯爵は、

昔、世話になったフランス王室に、

「これが最後の警告です。

まだ、間に合います。

貴族たちを抑え、民衆の事を考えて、

『ルイ16世』は、退位されることです。

それ以外の方策は、ありません。

謀叛者たちに、口実を与えないようにすべきです。

このまま行くと、

貴方たちは、殺される運命です。」と、

忠告の手紙を、送ったそうです。

しかし、フランス王室は、
『サンジェルマン』伯爵の手紙を、

革命を起こそうとしている一派の
いやがらせだろうと思って、

馬鹿げた事を言っているとして、無視しました。

『カール・フォン・ヘッセン・カッセル』総督は、

『サンジェルマン』伯爵が、死亡する時、
実年齢は、93歳と聞いたそうです。

『ナポレオン』の甥で、
フランスの最後の君主『ナポレオン3世』は、

『サンジェルマン』伯爵に関係する
全てのあらゆる書類等を、
テュイルリー宮殿に、集めるように命じました。

しかし、1871年テュイルリー宮殿が、火事になり、

『サンジェルマン』伯爵の資料は、全て消失しました。

1789年、6月1日、
『マリー・アントワネット』が、
寝室で寝ようとしていると、

窓も扉も、閉まっていて、風も無いのに、
4本あるロウソクが、1本づつ消えていったそうです。

3本目が消えた時、『マリー・アントワネット』は、

「4本目が消えたら、
恐ろしい前触れなのかもしれない。」と、
侍女に言ったそうです。

そして、4本目のロウソクが消えました。

自分も同じ様な経験があり、理由は不明ですが、
風が無くても、ロウソクの火が、
突然、何本も続けて、消える事は、あります。

そして、その年の6月4日、
『マリー・アントワネット』の
長男『ルイ=ジョゼフ・ド・フランス』が、
結核で、死亡しました。

そして、その年に、バスティーユ牢獄が襲撃され、
フランス革命が、起きました。(続く)
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プロフィール

ムーミン

Author:ムーミン
生まれは、福岡、
育ちは、大阪、
現在、秋田市で、
動物病院を開院。

長年、
水族館、動物園で、
獣医師として勤務していました。

短期間ですが、
犬猫行政、
食品衛生業務も
しました。

その後、
長年、
東北、沖縄の
動物病院で勤務しました。

短期間ですが、
オーストラリアなど
海外の複数の動物園や水族館で、
研修した事があります。

海外14カ国を、旅しました。

詳しくは、
別のブログ「あっちこっち雑記」で。

祖先は、醍醐源氏の末裔で、
福岡県八女市黒木の
猫尾城の城主を
していました。
詳しくは動物病院HPで。

学生時代、
生物学と歴史は好きでした。

試験の時は、
事前に、関連事項まで詳しく調べて、

特に歴史の時は、
現地調査までする事があったので、

筆記試験の時は

関連事項まで、詳細に書くと、

テスト用紙の回答欄のスペースでは、

ものすごく不足したので、

裏まで書いても不足した時には、

2枚目の白紙をもらい、
ぎりぎりまで書いていました。

そのため、
歴史や生物のテスト用紙が配られる時、
あらかじめ、
白紙が、2枚配られるようになりました。

先祖は笛が得意で、
後白河法皇、後鳥羽天皇に、
褒められた事があります。

自分も、子供の頃、
ピアノを習っていたので、
音楽が好きです。

水族館、動物園勤務時代、
野生動物は、
殺気を感じると、
逃げるので、
殺気を感じさせない為、
歌いながら、
治療していたので、
歌が得意になりました。

尚、話し言葉や細かい所などは、
意訳の場合もあります。

リンクはフリーです。

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