FC2ブログ

記事一覧

フランス革命(15)-バスティーユ牢獄(2)

『オルレアン公』の私生活は、放蕩かつ無節操だったので、

自分の宮殿パレ・ロワイヤルは、

借金の抵当になっていたそうです。

そのため、
パレ・ロワイヤルの屋敷の庭園を、
コの字を描くように建物を建て、商人たちに貸し出したので、
レストラン、商店、カフェなどが立ち並びました。

『オルレアン公』は、
パレ・ロワイヤルへの警察の立ち入りを禁じたので、

パレ・ロワイヤルは、
怪しげな商売をする人、娼婦、犯罪者、
革命家などのたまり場となっていたそうです。

『ルイ16世』が、外出と集会の禁止令を出したのですが、

『オルレアン公』の宮殿パレ・ロワイヤルには、

『ルイ16世』の禁止令を無視して、大群衆が集まりました。

そして、
パレ・ロワイヤルで、
ジャーナリストの『カミーユ・デムーラン』が、

「諸君、武器を取れ!」という演説をして、

約6千人以上の群衆を扇動し、

『オルレアン公』の宮殿「パレ・ロワイヤル」から、

行列を組んで出発したそうです。

ちなみに、『オルレアン公』と『カミーユ・デムーラン』は、
フランス革命成功後、
悲惨な結果に、なりますが、その話は、後で…。

そして、
約6千人以上の群衆は、

貴族たちは、良い生活をしているのに、

自分たちは、税金が高くて、物が買えず、
このままでは、餓死し、死ぬしかないし、

王は、軍隊を集めて、自分たちを殺そうとしているので、

もう、後が無いという事と、

啓蒙主義の人権、平等、自由を知ってしまっていたので、

自分たちには、正義があると考え、

武器は、農機具位しなかったのですが、

命を懸けて死に物狂いで、軍病院に押しかけ、

約3万丁の小銃を奪いました。

軍病院のすぐ近くに、

国王軍が野営していましたが、

財政悪化のため、

給料支払いが遅れ、充分な支払いさえなく、

近衛兵すら不満を口にし、
将校の命令に従わなくなっていたし、

第三身分の平民出身の兵士もいたので、

離反する可能性を考慮して、出動は見送られました。

その当時、バスティーユ牢獄に、
大量の武器弾薬があるという事と、

沢山の政治犯、啓蒙思想家が、
捕まっているという噂が、あったそうです。


軍病院から、小銃を奪ったのですが、

弾薬が、ほとんど無かったので、

武器弾薬を譲ってもらうという事と、

政治犯を解放しようという事で、

1789年7月14日、
群衆は、バスティーユ牢獄に、向かいました。(続く)
関連記事
スポンサーサイト



コメント

コメントの投稿

非公開コメント

ランキング

詳しくは分かりませんが、下のマークを、

ランキング

クリックすると、点が入るらしい

ジャンルランキング

カテゴリ

鳥 (3)
魚 (5)

プロフィール

ムーミン

Author:ムーミン
生まれは、福岡、
育ちは、大阪、
現在、秋田市で、
動物病院を開院。

長年、
水族館、動物園で、
獣医師として勤務していました。

短期間ですが、
犬猫行政、
食品衛生業務も
しました。

その後、
長年、
東北、沖縄の
動物病院で勤務しました。

短期間ですが、
オーストラリアなど
海外の複数の動物園や水族館で、
研修した事があります。

海外14カ国を、旅しました。

詳しくは、
別のブログ「あっちこっち雑記」で。

祖先は、醍醐源氏の末裔で、
福岡県八女市黒木の
猫尾城の城主を
していました。
詳しくは動物病院HPで。

学生時代、
生物学と歴史は好きでした。

試験の時は、
事前に、関連事項まで詳しく調べて、

特に歴史の時は、
現地調査までする事があったので、

筆記試験の時は

関連事項まで、詳細に書くと、

テスト用紙の回答欄のスペースでは、

ものすごく不足したので、

裏まで書いても不足した時には、

2枚目の白紙をもらい、
ぎりぎりまで書いていました。

そのため、
歴史や生物のテスト用紙が配られる時、
あらかじめ、
白紙が、2枚配られるようになりました。

先祖は笛が得意で、
後白河法皇、後鳥羽天皇に、
褒められた事があります。

自分も、子供の頃、
ピアノを習っていたので、
音楽が好きです。

水族館、動物園勤務時代、
野生動物は、
殺気を感じると、
逃げるので、
殺気を感じさせない為、
歌いながら、
治療していたので、
歌が得意になりました。

尚、話し言葉や細かい所などは、
意訳の場合もあります。

リンクはフリーです。

検索フォーム

月別アーカイブ