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日露戦争(2)-ニコライ2世(2)

『ニコライ2世』は、日露戦争開始時、
日本の状況を把握するために、
日本を偵察した『グロンプチェスキ』少将に意見を聞きました。

『グロンプチェスキ』少将は、
「日本の海軍の戦力は、我が国の半分です。
また、陸軍の戦力は、15分の1位で、かなり劣っています。

しかし、精強で、軽視すべきではありません。」と
報告しました。

すると、『ニコライ2世』は、
「君は、長年の極東勤務で、神経がおかしくなっている。
6ヶ月の長期休暇をとって、休みなさい。」と言ったそうです。

他のロシアの軍人たちも、
日本を人種的優越感から、心底蔑視していました。

4年間日本にいた陸軍武官の『ゲ・バノフスキー』中佐は、
「日本軍が、ものすごく頑張っても、
ヨーロッパの一番弱い国と勝負するには、
100年以上かかる。」と言っていました。

『クロパトキン』大将は、
「日本兵3人に対して、ロシア兵は1人で間に合う。

もし戦争が起きることになったら、
それは戦争行くというより、散歩と同じ。

最後は日本占領をもって終わる。」と言っていました。

巡洋艦「アスコリッド」の艦長『グラムマチコフ』大佐は、
「日本海軍はきわめて幼稚で、
われわれの足元にも及ばない。」と言っていました。

そして、日露戦争の開戦時、
他の欧米諸国も、ロシアがすぐに勝利して、
日本がロシアの植民地になって、
終わると考えていました。

何故なら、
国家の歳入は、ロシアは20億円で、日本は2億5千万円。
常備兵力は、ロシアは300万人で、日本は20万人と、
国力の差は、歴然でした。

そして、
日露戦争開始時にバルト海などの各所にいた
ロシアのほとんど全ての艦隊が、
集められて編成されたバルチック艦隊が、
日本に向かって来ました。(続く)
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プロフィール

ムーミン

Author:ムーミン
生まれは、福岡、
育ちは、大阪、
現在、秋田市で、
動物病院を開院。

長年、
水族館・動物園で、
獣医師として勤務していました。

短期間ですが、
犬猫行政、
食品衛生業務も
しました。

その後、
長年、
東北・沖縄の
動物病院で勤務しました。

祖先は、醍醐源氏の末裔で、
福岡県八女市黒木の
猫尾城の城主を
していました。
詳しくは動物病院HPで。

学生時代、
生物学と歴史は好きでした。

高校時代、
筆記試験の時は、
事前に、関連事項まで詳しく調べて、
時には、歴史の時は、
現地調査までしていたので、

回答欄のスペースでは、不足したので、
裏まで、時には2枚目の白紙をもらい、
ぎりぎりまで書いていました。

そのため、高校の時は、
歴史や生物のテスト用紙が配られる時、
あらかじめ、自分だけ白紙が、
2枚配られていました。

先祖が笛が得意だったのと、
子供の頃、
ピアノを習っていたので、
音楽が好きです。

動物園勤務時代、
野生動物は、
殺気を感じると、
逃げるので、
殺気を感じさせない為、
歌いながら、
治療していたので、
歌が得意になりました。

尚、話し言葉などは、
意訳の場合もあります。

リンクはフリーです。

知らせてもらえれば、
嬉しいです。

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