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フランス革命(8)-偉人、…でも変態『ジャン=ジャック・ルソー』(8)

1765年、『ジャン=ジャック・ルソー』は、知人の紹介で、
イギリスの哲学者『デイヴィッド・ヒューム』と、パリで、会いました。

『デイヴィッド・ヒューム』は、『ジャン=ジャック・ルソー』に好感を感ましたが、

『ジャン=ジャック・ルソー』は、
『デイヴィッド・ヒューム』の友人『ホーレス・ウォルポール』の皮肉に、
嫌悪感を抱いていました。

1766年、『ジャン=ジャック・ルソー』は、
『デイヴィッド・ヒューム』と一緒に、イギリスに行きました。

イギリスでは、熱烈な歓迎を受け、国王も訪ねて来たそうです。

『デイヴィッド・ヒューム』が、新居を準備し、
『ジャン=ジャック・ルソー』に、馬車を準備したのですが、
その時の係員が、節約のために、
自分のボロボロの馬車を提供したので、

『ジャン=ジャック・ルソー』は、機嫌を損ねたそうです。

『デイヴィッド・ヒューム』の友人『ホーレス・ウォルポール』が、
『ジャン=ジャック・ルソー』を非難するような事を、
新聞に書いた時、

『デイヴィッド・ヒューム』が、冗談として済ませたので、
『ジャン=ジャック・ルソー』は、腹が立ちました。

『デイヴィッド・ヒューム』は、『ジャン=ジャック・ルソー』のために、
国王に、年金を支給するように嘆願をしたりなど、
色々と手を尽くしていましたが、

『ジャン=ジャック・ルソー』は、
『デイヴィッド・ヒューム』と、絶交しました。

『ジャン=ジャック・ルソー』は、
度重なる誹謗中傷に対して、
自分の弁明しようと考え、自伝、回想録を書き始めたそうです。

しかし、『ジャン=ジャック・ルソー』は、
統合失調症となり、

極度の不安と人間不信、
被害妄想に悩まされたそうです。

そして、フランスに帰る事にしました。

しかし、
フランスでは、
パリ高等法院から逮捕状が出ていたので、

以前より親交があった
フランス貴族の『ルイ・フランソワ1世 (コンティ公)』に、
助けを求めたので、

『ルイ・フランソワ1世 (コンティ公)』は、自分の城に、
『ジャン=ジャック・ルソー』を、1767年より1年間、かくまいました。

『ジャン=ジャック・ルソー』は、城で過ごしている間も、

『デイヴィッド・ヒューム』から、
攻撃されるという妄想に取りつかれ、

城の関係者が敵のスパイがいる、
あるいは、城の中には、暗殺者が隠れているのでは?と、
常におびえていました。

1768年、『ジャン=ジャック・ルソー』は、
城にいると、落ち込むことが多くなったので、

城から出る事にしました。(続く)
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プロフィール

ムーミン

Author:ムーミン
生まれは、福岡、
育ちは、大阪、
現在、秋田市で、
動物病院を開院。

長年、
水族館、動物園で、
獣医師として勤務していました。

短期間ですが、
犬猫行政、
食品衛生業務も
しました。

その後、
長年、
東北、沖縄の
動物病院で勤務しました。

短期間ですが、
オーストラリアなど
海外の複数の動物園や水族館で、
研修した事があります。

海外14カ国を、旅しました。

詳しくは、
別のブログ「あっちこっち雑記」で。

祖先は、醍醐源氏の末裔で、
福岡県八女市黒木の
猫尾城の城主を
していました。
詳しくは動物病院HPで。

学生時代、
生物学と歴史は好きでした。

試験の時は、
事前に、関連事項まで詳しく調べて、

特に歴史の時は、
現地調査までする事があったので、

筆記試験の時は

関連事項まで、詳細に書くと、

テスト用紙の回答欄のスペースでは、

ものすごく不足したので、

裏まで書いても不足した時には、

2枚目の白紙をもらい、
ぎりぎりまで書いていました。

そのため、
歴史や生物のテスト用紙が配られる時、
あらかじめ、
白紙が、2枚配られるようになりました。

先祖は笛が得意で、
後白河法皇、後鳥羽天皇に、
褒められた事があります。

自分も、子供の頃、
ピアノを習っていたので、
音楽が好きです。

水族館、動物園勤務時代、
野生動物は、
殺気を感じると、
逃げるので、
殺気を感じさせない為、
歌いながら、
治療していたので、
歌が得意になりました。

尚、話し言葉や細かい所などは、
意訳の場合もあります。

リンクはフリーです。

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