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ラスプーチンとタフな犬の話(3)-ラスプーチン(3)

ユスポフ公や宮廷貴族たちはラスプーチンが、
宮廷人事に口を挟みはじめた事に危機感を抱いていたそうです。

そのため、ラスプーチンを暗殺するために
招待したそうです。

甘いものが大好物で虫歯だらけであったラスプーチンは、
まず、出された青酸カリ入りのお菓子を残らず食べたそうです。

それでも死なないので、
さらに毒入り葡萄酒が出されました。

そして、それを一気に飲んでも、
変化が無かったそうです。

(その理由として青酸カリがワインや
そのときに食べたケーキの糖分で中和されたことや、
古い青酸カリで酸化していたなどが言われていますが、
その原因は不明です。)

そして、ラスプーチンは、
毒を盛られたことに気がつかなかったので、
何事も無かったかのように、
食後の祈りを捧げていました。

それを見たユスポフ公たちは、
そっとラスプーチンの背後に回り、
彼の頭を燭台で何度も激しく殴打しました。

そして、ユスポフ公たちは、
隣室からピストルを取ってきて
心臓めがけて2発撃ち込みました。

そこで倒れましたが、ふたたび息を吹き返し、
よろめく足で立ちあがったそうです。

そして四つん這いで階段をのぼろうとするところを、
背中めがけてされに2発撃ったそうです。

倒れたのですが、しばらくするとまた、ぴくりと動いたそうです。

恐怖にかられ数人で、夢中で頭や体を、
鈍器などで殴ったり蹴ったりしたそうです。

その後、道路に投げ出したそうです。

それでも、不安だったので、布に巻いて、
凍りついたネヴァ川の氷を割って開けた穴に、
投げ込まれたそうです。

三日後、ラスプーチンの遺体が発見されました。
検視の結果、肺に水が入っていたため、
死因は溺死とされました。

即ち川に投げ込まれた時もまだ息があって、
水を飲んだということです。

その生命力は凄いと思います。

そして、ラスプーチンの予言どおり、
ラスプーチンの死後3カ月後に、
ロシア革命によって
ロマノフ朝が崩壊し、
ニコライ2世とその家族は殺害されたそうです。

またそれに続く内戦やボリシェヴィキ政権による
恐怖支配で多くの死者を出すことになりました。(続く)
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プロフィール

ムーミン

Author:ムーミン
生まれは、福岡、
育ちは、大阪、
現在、秋田市で、
動物病院を開院。

長年、
水族館・動物園で、
獣医師として勤務していました。

短期間ですが、
犬猫行政、
食品衛生業務も
しました。

その後、
長年、
東北・沖縄の
動物病院で勤務しました。

祖先は、醍醐源氏の末裔で、
福岡県八女市黒木の
猫尾城の城主を
していました。
詳しくは動物病院HPで。

学生時代、
生物学と歴史は好きでした。

高校時代、
筆記試験の時は、
事前に、関連事項まで詳しく調べて、
時には、歴史の時は、
現地調査までしていたので、

回答欄のスペースでは、不足したので、
裏まで、時には2枚目の白紙をもらい、
ぎりぎりまで書いていました。

そのため、高校の時は、
歴史や生物のテスト用紙が配られる時、
あらかじめ、自分だけ白紙が、
2枚配られていました。

先祖が笛が得意だったのと、
子供の頃、
ピアノを習っていたので、
音楽が好きです。

動物園勤務時代、
野生動物は、
殺気を感じると、
逃げるので、
殺気を感じさせない為、
歌いながら、
治療していたので、
歌が得意になりました。

尚、話し言葉などは、
意訳の場合もあります。

リンクはフリーです。

知らせてもらえれば、
嬉しいです。

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