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『ハリー・ポッター』に出てくる『サラザール・スリザリン』のモデル-ポルトガルの独裁者(3)

「エスタド・ノヴォ(新国家)」を創設した『アントニオ・サラザール』は、

「秘密警察PIDE」を創設し、

反対する者は、

容赦なく、弾圧、逮捕するようになりました。

そして、
『アントニオ・サラザール』は、

昔の生徒思いで、

優しく、教える事が、好きな先生から、

恐ろしい独裁者に、変貌しました。

ちなみに、
『ハリー・ポッター』では、
分霊箱を作ると、容姿が怪物化するのですが、

『トム・マールヴォロ・リドル(ヴォルデモート)』は、

分霊箱を作る前は、イケメンだったそうです。

そして、
ポルトガルには、自由は、なくなりました。

ポルトガルのカフェで、2人の学生が、

「自由のために!」と乾杯した所、

逮捕され、7年の刑を受けました。

ちなみに、
その事を、新聞記事で知った、

イギリスの弁護士『ピーター・ベネンソン』は、
衝撃を受け、

「暴力をもちいていないのに、
自らの信念や人種、宗教、肌の色などを理由に、
囚われの身となった人びとを、

『良心の囚人』と呼び、

『良心の囚人』の釈放を求め、

世界各国の市民の手で、
各国の政府に手紙を書こう。」と呼びかけて、

アムネスティ・インターナショナルが、誕生しました。

そして、
ポルトガルは、ギニア、モザンビーク、
インド、マカオなどの広大な植民地を領有する、
ポルトガル海上帝国を築き上げ、

植民地支配により、豊かな国となっていました。

しかし、
第二次世界大戦後、

国際的に、植民地支配の問題点についての議論が、
高まり、

植民地だったアフリカ諸国が、
新たな国民国家として一斉に独立し、

アジアやラテンアメリカ諸国が、
その民族解放の歩みを始めると、

ポルトガルは、
「植民地」を「海外州」と呼び換えて、
植民地支配への非難を、回避しようとしましたが、

独立運動を、止める事は、出来ませんでした。

1961年以降、
ポルトガルの植民地のギニア、モザンビークで、
ソビエト連邦などの共産国に支援された、
独立革命軍との植民地戦争が続いたので、

『アントニオ・サラザール』は、
国内の反体制派を弾圧しながら、
植民地戦争の継続を進めましたが、戦況が泥沼化し、

国内の大資本優遇と外資導入による重工業化を推進して、
経済的基盤の拡充を図りましたが、

大土地所有制度が改革されず、
農業が停滞を続けたため、

戦費が財政を圧迫し、

ポルトガルは、
経済状況が悪化したので、

多くの国民が、フランス等のヨーロッパ諸国に流出し、

税金が少なくなったので、
西ヨーロッパ最貧国と呼ばれるまでに転落しました。

『アントニオ・サラザール』以前は、
ポルトガルの学力レベルは高かったのですが、

学生に教える事が、
好きな良い教師だった『アントニオ・サラザール』は、

民衆が物事を知ると、

学生運動などが起き、政治に反抗するという事で、

高等教育は、重視しなかったので、

ポルトガルの学力は、

西欧最低レベルとなったそうです。

お金がないので、学校に行かない子も増え、
文字が読めない人が、欧米で一番多いそうです。

そして、
1968年、『アントニオ・サラザール』は、
リスボン郊外のサント・アントニオ・ダ・バッラ城砦で、
静養していた時、

愛用の椅子が壊れ頭部を強打し、
9月16日に意識不明の重体となりました。

1968年、11月に、意識を取り戻しましたが、

その頃には政権が、
『マルセロ・カエターノ』首相の手に移っていました。

しかし、側近や身の周りの人たちは、
『アントニオ・サラザール』に、
権力を喪失したというショックを与えないため、

その執務室を、以前と同じ状態に保全し、
何の影響力も効力のない命令書を書き、

偽の新聞を読ませたそうです。

1970年、
『アントニオ・サラザール』は、
ポルトガルが混乱状態にあることを知らないまま、
死亡したそうです。

その後、ポルトガル国内では、

学生運動が激化し、植民地戦争が泥沼化し、

植民地は、独立を勝ちとり、

現在も、ポルトガルの経済は復興していないそうです。

政治は、大切です。(続く)
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プロフィール

ムーミン

Author:ムーミン
生まれは、福岡、
育ちは、大阪、
現在、秋田市で、
動物病院を開院。

長年、
水族館、動物園で、
獣医師として勤務していました。

短期間ですが、
犬猫行政、
食品衛生業務も
しました。

その後、
長年、
東北、沖縄の
動物病院で勤務しました。

大阪に住んでいた時、
ジュニアリーダーをしていたので、
キャンプなどの指導などをしていました。

旅が好きで、バイクや車で
北海道や東北、関東などを、

野宿しながら、旅をしていました。

そして、
海外14カ国を、旅をして、

海外の複数の動物園や水族館で、
研修しました。

詳しくは、
別のブログ「あっちこっち雑記」で。

祖先は、醍醐源氏の末裔で、
福岡県八女市黒木の
猫尾城の城主を
していました。

先祖は、足利尊氏と戦い、
多々良浜の戦いでは、
敗戦しましたが、

筑後川の戦いなど、
最終的には勝利し、

3代将軍足利義満まで、九州を治め、

中国の「明」と、貿易をしていました。

詳しくは動物病院HPで。

学生時代、
生物学と歴史は好きでした。

試験の時は、
事前に、関連事項まで詳しく調べて、

特に歴史の時は、
現地調査までする事があったので、

筆記試験の時は

関連事項まで、詳細に書くと、

テスト用紙の回答欄のスペースでは、

ものすごく不足したので、

裏まで書いても不足した時には、

2枚目の白紙をもらい、
ぎりぎりまで書いていました。

そのため、
歴史や生物のテスト用紙が配られる時、
あらかじめ、
白紙が、2枚配られるようになりました。

だから、
高校の時、歴史の先生から、
歴史関係の進路を、
ものすごく強く勧められました。

でも、
生物の方が好きだったので、
獣医になりました。

先祖は笛が得意で、
後白河法皇、後鳥羽天皇に、
褒められた事があります。

自分も、子供の頃、
ピアノを習っていたので、
音楽が好きです。

水族館、動物園勤務時代、
野生動物は、
殺気を感じると、
逃げるので、
殺気を感じさせない為、
歌いながら、
治療していたので、
歌が得意になりました。

尚、色々な事を書いていますが、
話し言葉や細かい所などは、
意訳の場合もあります。

リンクはフリーです。

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