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朝鮮半島情勢(89)-韓国(67)-軍のいじめ(5)-期数列外(3)-『イム』兵長(2)

2014年6月22日、
軍事境界線から約10km離れた森林付近で、
『イム』兵長を、発見し、包囲しました。

韓国軍は、
さらなる犠牲者や『イム』兵長の自殺を考慮し、

射殺の意志がないことを示し、説得を開始しました。

2014年6月23日の午前8時頃、『イム』兵長が、

泣きながら父親との会話と食料を要求したため、

携帯電話と戦闘食糧を投げて渡したそうです。

『イム』兵長の父親は、

「人生はやり直せる。」などと説得しましたが、

『イム』兵長は、

「無理だ!投降したら、死刑になる!」と、何度も言ってから、

遺書を書き始め、

午後3時頃、小銃で自身の左肩と胸の間を撃って、
自殺を図った所を、確保されました。

そして、
負傷した『イム』兵長は、国軍江陵病院まで、
ヘリコプターで搬送され、CTスキャン撮影後、
救急車で、江陵峨山病院へと搬送されました。

その時、
軍当局は、頭からつま先まで水色の毛布を被った、
『イム』兵長の替え玉を使い、メディアを攪乱しました。

当初、韓国軍は、

「取材陣対策のため、

峨山病院から対策を、

講じてほしいと要請があった。」と説明していました。

しかし、峨山病院は、

「我々から先に要請した事実はない。」と反論されると、

次に、韓国軍は、

「救急車側からの要請であった。」と証言を変えました。

しかし、
峨山病院は、

「救急車に問い合わせたが、
そのような事実はなかった。」と否定しました。

そして、当初、追跡時、
軍は、『イム』兵長の銃撃を受けて、
数人の兵士が負傷したと発表していましたが、

その後の調査で、

実は、『イム』兵長の所持していた銃は、

逃走中に故障していたので、

銃で負傷した兵士達は、

全て、捜索部隊同士の誤認射撃だった事を明かにしました。(続く)
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プロフィール

ムーミン

Author:ムーミン
生まれは、福岡、
育ちは、大阪、
現在、秋田市で、
動物病院を開院。

長年、
水族館、動物園で、
獣医師として勤務していました。

短期間ですが、
犬猫行政、
食品衛生業務も
しました。

その後、
長年、
東北、沖縄の
動物病院で勤務しました。

大阪に住んでいた時、
ジュニアリーダーをしていたので、
キャンプなどの指導などをしていました。

旅が好きで、バイクや車で
北海道や東北、関東などを、

野宿しながら、旅をしていました。

そして、
海外14カ国を、旅をして、

海外の複数の動物園や水族館で、
研修しました。

詳しくは、
別のブログ「あっちこっち雑記」で。

祖先は、醍醐源氏の末裔で、
福岡県八女市黒木の
猫尾城の城主を
していました。

先祖は、足利尊氏と戦い、
多々良浜の戦いでは、
敗戦しましたが、

筑後川の戦いなど、
最終的には勝利し、

3代将軍足利義満まで、九州を治め、

中国の「明」と、貿易をしていました。

詳しくは動物病院HPで。

学生時代、
生物学と歴史は好きでした。

試験の時は、
事前に、関連事項まで詳しく調べて、

特に歴史の時は、
現地調査までする事があったので、

筆記試験の時は

関連事項まで、詳細に書くと、

テスト用紙の回答欄のスペースでは、

ものすごく不足したので、

裏まで書いても不足した時には、

2枚目の白紙をもらい、
ぎりぎりまで書いていました。

そのため、
歴史や生物のテスト用紙が配られる時、
あらかじめ、
白紙が、2枚配られるようになりました。

だから、
高校の時、歴史の先生から、
歴史関係の進路を、
ものすごく強く勧められました。

でも、
生物の方が好きだったので、
獣医になりました。

先祖は笛が得意で、
後白河法皇、後鳥羽天皇に、
褒められた事があります。

自分も、子供の頃、
ピアノを習っていたので、
音楽が好きです。

水族館、動物園勤務時代、
野生動物は、
殺気を感じると、
逃げるので、
殺気を感じさせない為、
歌いながら、
治療していたので、
歌が得意になりました。

尚、色々な事を書いていますが、
話し言葉や細かい所などは、
意訳の場合もあります。

リンクはフリーです。

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