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朝鮮半島情勢(46)-韓国(36)-『文在寅』(1)

2009年、『金大中』は、

自分の後継者と名指して、
『文在寅』、『朴智元』、『丁世均』、『安熙正』らを呼び、

「私がやり残したことを、やって欲しい。」と言って、
死亡しました。

『金泳三』は、
長年、ライバル関係だった

『金大中』の死去の報を聞いた時、

「韓国の巨木が倒れた。」と語ったそうです。

そして、2017年、
『朴槿恵』に対する大統領弾劾が成立し、
逮捕、起訴され、

『文在寅』が、大統領当選しました。

ちなみに、
『文在寅』は、
1975年に慶煕大学在学中に、

『朴槿恵』の父『朴正煕』政権に反対する、
民主化運動に関わった容疑で、逮捕されたそうです。

そして、民主化運動を行って逮捕された者は、
ただちに強制入隊させられるという慣習があったため、

『文在寅』は、釈放後すぐに入隊し、
特戦司令部第1空挺旅団に配属されたそうです。

そして、
1976年に起きた北朝鮮と韓国、国連軍の軍事衝突
「ポプラ事件」の時、
『文在寅』の所属部隊が、
解決のために派遣されたそうです。

『文在寅』は、司法試験に合格し、
司法研修院をトップの成績で終えました。

通常であれば、
エリートコースの判事や検事になる所ですが、

慶煕大学時代に反政府デモを行った前歴があったので、
なれなかったそうです。

そして、
人権派弁護士となった『文在寅』は、

「法律家は、庶民を助けるべきだ。」と言って、

市民運動などを行っていたのですが、

『金大中』の「遺言」を受けて、政界入りを決意したそうです。

『文在寅』は、「三国誌」が好きで、
色々な人の書いた「三国誌」を読んだそうで、
蜀の『諸葛孔明』が、好きだそうです。

ちなみに、
自分は、「三国志」の小説は、
『吉川英治』バージョンしか、
読んだことがありませんが、
自分も蜀の『諸葛孔明』が、好きです。

ちなみに、
株式会社コーエーのゲーム「三国志」は、
大好きで、何度もやった事があります。

『吉川英治』の「三国志」は、
『劉備玄徳』が、黄河の水を、
ずっと眺めている所から始まりますが、

数年前に、
中国の黄河を見た時、

黄河は、綺麗な水がゆったりと、
流れていると想像していたのですが、

泥水のように濁っていたので、

中国の人に、
黄河は、工事のため、
濁っているのですか?と聞きましたが、

濁っているのは、いつもの事だと言われました。

後日、日本に戻ってから、

常に濁っている黄河の水が、
澄むのを待つというのは、

当てのない事を待つという意味の、
「百年河清を、まつ」という故事成語が、
ある事を知りました。

ただし、
562年に、黄河が澄んだので、

当時の北斉王朝の『武成帝』が、

吉兆という事で、

年号を「河清」へと変更したそうです。

しかし、『武成帝』の治世は、

吉兆では、ありませんでした。

『武成帝』は、気高く優雅な美少年でしたが、

帝位に就いた後は、

贅沢の限りを尽くし、
民をひたすらに賦役に駆り立てたり、

ゴマすりが得意で、
女性が大好きで、軽薄な『和士開』を側近にし、
好き勝手を許したので、

北斉の滅亡の遠因となったそうです。

2016年に、『朴槿恵』が、
北朝鮮の人権問題を解決するため、

「北朝鮮人権財団」を、設立させました。

『文在寅』の父親は、共産主義を嫌って、

北朝鮮から、韓国へ脱北しましたが、

『文在寅』は、

以前、北朝鮮の潜水艦が、
韓国の哨戒艦「天安」の沈没させた時


先頭に立って、北朝鮮が原因ではないと、
言っていた位、

祖父母のいる北朝鮮、
そして共産主義が、大好きだったので、

北朝鮮を刺激するという事で、

「北朝鮮人権財団」の活動を休止させ、

中央情報部に対して、

「北朝鮮に対する一切の工作活動を禁止する。」と命令しました。

その上、
『金大中』が行った、
北朝鮮を支援する「太陽政策」
を、継承するとしています。

そのため、
北朝鮮は、核開発研究を止める事無く、
進める事が出来るようになりました。(続く)
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プロフィール

ムーミン

Author:ムーミン
生まれは、福岡、
育ちは、大阪、
現在、秋田市で、
動物病院を開院。

長年、
水族館、動物園で、
獣医師として勤務していました。

短期間ですが、
犬猫行政、
食品衛生業務も
しました。

その後、
長年、
東北、沖縄の
動物病院で勤務しました。

大阪に住んでいた時、
ジュニアリーダーをしていたので、
キャンプなどの指導などをしていました。

旅が好きで、バイクや車で
北海道や東北、関東などを、

野宿しながら、旅をしていました。

そして、
海外14カ国を、旅をして、

海外の複数の動物園や水族館で、
研修しました。

詳しくは、
別のブログ「あっちこっち雑記」で。

祖先は、醍醐源氏の末裔で、
福岡県八女市黒木の
猫尾城の城主を
していました。

先祖は、足利尊氏と戦い、
多々良浜の戦いでは、
敗戦しましたが、

筑後川の戦いなど、
最終的には勝利し、

3代将軍足利義満まで、九州を治め、

中国の「明」と、貿易をしていました。

詳しくは動物病院HPで。

学生時代、
生物学と歴史は好きでした。

試験の時は、
事前に、関連事項まで詳しく調べて、

特に歴史の時は、
現地調査までする事があったので、

筆記試験の時は

関連事項まで、詳細に書くと、

テスト用紙の回答欄のスペースでは、

ものすごく不足したので、

裏まで書いても不足した時には、

2枚目の白紙をもらい、
ぎりぎりまで書いていました。

そのため、
歴史や生物のテスト用紙が配られる時、
あらかじめ、
白紙が、2枚配られるようになりました。

だから、
高校の時、歴史の先生から、
歴史関係の進路を、
ものすごく強く勧められました。

でも、
生物の方が好きだったので、
獣医になりました。

先祖は笛が得意で、
後白河法皇、後鳥羽天皇に、
褒められた事があります。

自分も、子供の頃、
ピアノを習っていたので、
音楽が好きです。

水族館、動物園勤務時代、
野生動物は、
殺気を感じると、
逃げるので、
殺気を感じさせない為、
歌いながら、
治療していたので、
歌が得意になりました。

尚、色々な事を書いていますが、
話し言葉や細かい所などは、
意訳の場合もあります。

リンクはフリーです。

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