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朝鮮半島情勢(36)-韓国(26)-軍事境界線(4)

朝鮮戦争後、韓国と北朝鮮の

海上の境界線は、明確には決まっていなかったので、

1953年、アメリカを中心とした国連軍は、

海の軍事境界線の北方限界線を、決めました。

しかし、北朝鮮は、これを認めず、

北朝鮮が、独自で、北方限界線より南に、

海上軍事境界線を、設定したそうです。

そのため、現場の近くの海では、

北朝鮮が、韓国領海内に、侵入してくるので、

何度も韓国と北朝鮮の衝突が、起きているそうです。

1998年6月22日、
韓国領海内の江原道束草市沖18kmで、

北朝鮮の小型潜水艇が、
サンマ漁の網に引っかりました。

潜水艇の乗組員は、外に出て、
絡まった網を外そうとしましたが、

韓国海軍の艦艇と航空機が来たので、

潜水艇の乗組員は、
いそいで潜水艦に戻りました。

韓国海軍は、
潜水艇を北朝鮮のユーゴ型と断定し、

潜水艇にロープをかけて、基地まで曳航しました。

6月23日の昼頃に、
接岸作業を行っていた所、

沖合い約2kmの地点で、
潜水艦は、突然沈没しました。

そのため、
潜水艇を引き上げ内部を調べた所、

艇内は浸水していませんでしたが、

乗組員5人は、射殺され、
工作員4人は、自殺していました。

潜水艦内には、
対戦車ロケットやアサルトライフルなど、
武器多数が残されていたそうです。

1999年6月15日、北朝鮮は、

韓国が、実効支配する
豊かな漁場のある延坪島周辺海域を、

一方的に、北朝鮮の物だと言って、

北朝鮮艦船が、海の境界線を侵犯してきたので、

韓国海軍のチャムスリ級哨戒艇が、
体当たりして押し出そうとしたところ、

北朝鮮艦艇が、発砲を行ってきたので、
後日、第1延坪海戦と呼ばれる、銃撃戦になりました。

そして、
北朝鮮の魚雷艇1隻、哨戒艇1隻が撃沈され、

北朝鮮人の乗員130人以上の死傷者が出たので
残った北朝鮮艦艇は、引き上げたそうです。

そして、
2002年6月29日、
北朝鮮の警備艇2隻が、海の境界線を侵犯してきたので、
韓国のチャムスリ級哨戒艇2隻が、出動しました。

すると、
北朝鮮の警備艇が、発砲し、

韓国のチャムスリ級哨戒艇1隻の操舵室が、

直撃され、炎上し、交戦不能に陥いりました。

そのため、近海にいた韓国の哨戒艦2隻が応援に来て、
激しい銃撃戦になりました。

北朝鮮の警備艇は、炎上しましたが、発砲し続け、

北朝鮮の警備艇2隻は、沈没せずに、
北朝鮮側海域に戻りました。

韓国海軍は、
北朝鮮海域まで警備艇を追うことはせず、
砲撃を受けたチャムスリ級哨戒艇を、
曳航しましたが、途中で沈没しました。

この事件は、
第2延坪海戦と呼ばれる事になりました。

韓国側の被害は、戦死5人、負傷者19人、
哨戒艇1隻沈没で、
後日、負傷者1人が、入院先で、死亡しました。

当時、北朝鮮の水兵だった脱北者によると、

北朝鮮の被害は、
死者は艦長、機関長、操舵手の3人で、
負傷者は、6人程度だと証言しました。

韓国国防部は、

北朝鮮艦艇が、全く躊躇なく発砲してきた事、

すぐに反転して、逃げ去ったという行動などから、

事前に緻密に、計画した奇襲だったと推測しました。

しかし、
当時、日韓ワールドカップが開催されていて、

韓国代表が、
ワールドカップベスト4の快挙を、成し遂げていたので、

報道は、
ワールドカップ関連一色のお祭り騒ぎで、

韓国政府も、当時の『金大中』韓国大統領が、

「北朝鮮関係で、大事なのは、

相手を尊重した態度だ。」と言って、

北朝鮮に対して、

軍事力で対抗するより、

平和裏に、
人道援助、経済援助、文化交流、
観光事業を深めることで、

北朝鮮と仲良くするという太陽政策を行っていた時期だったし、

北朝鮮が、今回の事故は、
偶発的だったと遺憾の意を表明したので、

韓国政府も韓国国民も、

韓国の船を沈められて、
戦死者まで出たにもかかわらず、

『金大中』韓国大統領は、
翌日には、サッカーの決勝を観戦し、

韓国国民は、
北朝鮮の金剛山の観光ツアーに、
多くの人が行ったそうです。

韓国は、北朝鮮関係の事件に関しての関心は、
低いみたいです。

でも、北朝鮮は、
金剛山の観光ツアーに来ている韓国人を、
人質にすることも、可能でした。

しかし、
日本からも、
朝鮮学校の生徒や在日朝鮮人が、
北朝鮮に渡航したり、
親族が北朝鮮に、いたりするので、

もし、
日本が、北朝鮮を攻撃しようとしたら、
北朝鮮に、人質にされると困るので、

朝鮮学校の関係者や在日朝鮮人は、
反戦デモ、北朝鮮の支援をすると考えられます。

ちなみに、
殉職した軍人の1周忌にも、
政府の関係者は姿は見られず、
国民の関心も低かったので、

遺族は、報われない気持ちだったので、

事件で夫を失った韓国人女性は、
韓国政府の従北姿勢に失望し、
アメリカ合衆国に移住したそうです。

その後、毎年、追悼式典が行われていましたが、
政府も報道も無関心でした。

でも、2007年になって、
はじめて、韓国政府関係者の『韓悳洙』首相、
『金寛鎮』合同参謀議長が、参加したそうです。

でも、その後、追悼式典そのものが、
行われないことが、決定したそうです。

しかし、
事件に関心を持ち続けた人たちがいて、
その後、何度かの北朝鮮からの攻撃事件が起きたので、
後日、追悼式典は、復活する事になりました。

そして、
2009年11月10日、韓国海軍は、
黄海で、北朝鮮の警備艇1隻が、
韓国の領海を、侵犯しそうになったので、

韓国海軍は、警告放送を行うと同時に、
高速哨戒艇4隻が、当該海域に向いました。

北朝鮮警備艇は、
韓国側の警告放送を無視して、韓国の領海侵犯しました。

その後、複数回警告も無視して、
さらに韓国の領海を侵犯したため、

韓国海軍の高速哨戒艇は、
北朝鮮警備艇の1km先に、警告射撃を行いました。

すると、
北朝鮮警備艇は、韓国海軍の高速哨戒艇に対して、
直接射撃を開始しました。

そのため、
韓国海軍の高速哨戒艇2隻が、応戦しました。

すると、北朝鮮警備艇は、破損し、
直ちに北朝鮮領海内に逃走しました。

韓国海軍は、深追いせずに逃がしました。

この戦いは、大青海戦と名付けられ、

韓国での被害は、ありませんでしたが、
北朝鮮は、約10人が死亡したそうです。

北朝鮮では、
その責任を取って、
『チョン・ミョンド』海軍司令官が更迭され、

『金正日』総書記は、
「大青海戦報復決議大会」が開き、
韓国に対する復讐を誓ったそうです。

そして、(続く)
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プロフィール

ムーミン

Author:ムーミン
生まれは、福岡、
育ちは、大阪、
現在、秋田市で、
動物病院を開院。

長年、
水族館、動物園で、
獣医師として勤務していました。

短期間ですが、
犬猫行政、
食品衛生業務も
しました。

その後、
長年、
東北、沖縄の
動物病院で勤務しました。

短期間ですが、
オーストラリアなど
海外の複数の動物園や水族館で、
研修した事があります。

海外14カ国を、旅しました。

詳しくは、
別のブログ「あっちこっち雑記」で。

祖先は、醍醐源氏の末裔で、
福岡県八女市黒木の
猫尾城の城主を
していました。
詳しくは動物病院HPで。

学生時代、
生物学と歴史は好きでした。

高校時代、
試験の時は、
事前に、関連事項まで詳しく調べて、

特に歴史の時は、
現地調査までする事があったので、

筆記試験の時は

関連事項まで、詳細に書くと、

テスト用紙の回答欄のスペースでは、

ものすごく不足したので、

裏まで書いても不足した時には、

2枚目の白紙をもらい、
ぎりぎりまで書いていました。

そのため、高校の時は、
歴史や生物のテスト用紙が配られる時、
あらかじめ、
白紙が、2枚配られるようになりました。

先祖は笛が得意で、
後白河法皇、後鳥羽天皇に、
褒められた事があります。

自分も、子供の頃、
ピアノを習っていたので、
音楽が好きです。

水族館、動物園勤務時代、
野生動物は、
殺気を感じると、
逃げるので、
殺気を感じさせない為、
歌いながら、
治療していたので、
歌が得意になりました。

尚、話し言葉や細かい所などは、
意訳の場合もあります。

リンクはフリーです。

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