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朝鮮半島情勢(25)-韓国(15)-『全斗煥』(2)-ソウルオリンピックと北朝鮮の暗躍(1)

『全斗煥』が、
大統領に就任した翌月の1980年10月10日、

北朝鮮の『金日成』は、

北朝鮮と韓国の2つの国を、連邦で統一しようと言って、

「高麗民主連邦共和国」設立を提案しましたが、

『全斗煥』は、拒否しました。

北朝鮮の『金日成』は、
面目をつぶされたと言って、怒ったそうです。

そのため、『全斗煥』は、
北朝鮮の『金日成』のうらみを買い、
後日、北朝鮮に命を狙われる事になりました。

そして、『全斗煥』は、

朝鮮戦争後、

世界でも最貧国と言われた韓国が、

1970年代以降の「漢江の奇跡」と呼ばれた高度成長により、
経済的に成功し、

先進国の仲間入りを果たした誇らしい韓国を、

世界にアピールしたいと考えました。

そのため、
1988年に開催されるオリンピックを、

韓国のソウルで開催したいと考え、
オリンピック招致に、名乗り出ました。

その時点では、
オリンピック招致に、名乗り出ているのは、
日本の名古屋だけでした。

しかし、
実は、韓国が名乗り出た時点では、

オリンピックの開催地選考の受付が、数日過ぎていました。

しかし、
国際オリンピック委員会は、

オリンピックの開催地選考は、

無投票で、名古屋に決定するよりも複数から、

決定したほうが、盛り上がり的に良いと言う事で、

期限は過ぎていましたが、韓国の受付をしました。

国際オリンピック委員会は、

実は、非政府組織の非営利団体で、

その運営資金は、主に放映権料販売と
スポンサーシップ収入によるそうです。

そのため、国際オリンピック委員会
会長『フアン・アントニオ・サマランチ』は、

「国際スポーツ組織にとって重要なのは、

お金だ。

お金がなければ、何も、出来ない。

お金は、テレビ放送権や関連商品販売などによって、
生み出すべきで、
政府に依存するべきではない。

政府に頼れば、組織の独立性が失われる。

そして政府は、
五輪ボイコットのように、
政治として、オリンピックを利用する国もあり、
時として異なる方針を持っているからだ。」と言っています。

そして、
当時確立されていなかったスポーツを、
ビジネスにするモデルを考えついたのが、
世界最大のスポーツ用品メーカー『アディダス』を創設した、
『アドルフ・ダスラー』の長男『ホルスト・ダスラー』でした。

アディダスの話もありますが、機会があれば、後日…。

『フアン・アントニオ・サマランチ』は、
『ホルスト・ダスラー』と、
国際オリンピック委員会に対して、
人々が求める商品や
サービスとそのやり方について、
話し合いをしたそうです。

その話し合いの結果、
スポンサー制度に繋がり、

さらに、『ホルスト・ダスラー』は、
国際サッカー連盟でも、同じような仕組みを、
導入させたそうです。

そのため、『ホルスト・ダスラー』は、
国際オリンピック委員会に、
多大な影響力を持っていました。

そして、
日本サッカー協会理事で、
日本オリンピック委員会の常任理事『岡野俊一郎』は、

『ホルスト・ダスラー』が来日すれば、

必ず『岡野俊一郎』の自宅を訪ねる程、
仲が良かったそうです。

そのため、
オリンピックの名古屋招致は、
ほぼ決まったかのように思えました。

そして、
名古屋に、テレビ放映権交渉の予備交渉のため、
米国3大ネットワーク(ABC、NBC、CBS)の、
副社長級の人物が、たびたび訪れていたそうです。

この時、名古屋市は、放映権を、
350億円と考えていたそうです。

ちなみに、
1960年以降の五輪は、
豪華になり、競技場や交通機関の整備など、
多額の費用をかけたので、
全大会で予算をオーバーし、

史上最も高くついた五輪は、
ロシアのソチで行われた2014年冬季五輪で、
約5兆7500万円かかったそうです。

2008年の北京五輪は、
約4兆5000万円だったそうです。

ちなみに、
1984年ロサンゼルスオリンピックでは、
施設や交通網がしっかりしていたので、
ほぼ何も投資せずに、
夏季五輪が出来たそうです。

そして、ある時から、
『ホルスト・ダスラー』が来日しても、
『岡野俊一郎』に、連絡してこなくなったそうです。

実は、
『ホルスト・ダスラー』が、
国際オリンピック委員会に対して、
影響力を持っている事を知った、

韓国の外交官で、
国際テコンドー連盟会長『金雲龍』は、

『ホルスト・ダスラー』に対して、

「韓国ソウルが、オリンピック招致に成功したら、
ソウルオリンピックに関する全ての商業的権利、
テレビ放映権、コイン、切手、マスコットの権利を、
10億ドルで君に売るよ。」と言ったそうです。

そして、『金雲龍』と『ホルスト・ダスラー』は、
世界一周の航空券、高級品、現金を使い、
オリンピック誘致の票固めをしたそうです。

1981年9月30日、
西ドイツで、
国際オリンピック委員会総会が始まり、
オリンピックの開催地の決定の投票が始まりました。

そして、
国際オリンピック委員会
会長『フアン・アントニオ・サマランチ』は、
「オリンピックの開催地の投票結果は、
52-27で、
韓国のソウルになりました。」と発表しました。

しかし後日、
ソウルオリンピックの決定の時、
国際オリンピック委員会の一部の委員が、
買収されたスキャンダルが分かり、

2001年に、
『フアン・アントニオ・サマランチ』の後を継いで、
新しく国際オリンピック委員会会長に、
就任したベルギーの整形外科医『ジャック・ロゲ』により、

オリンピックの開催地は、
公開投票による公正な選定プロセスが、
導入されることになったそうです。(続く)
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プロフィール

ムーミン

Author:ムーミン
生まれは、福岡、
育ちは、大阪、
現在、秋田市で、
動物病院を開院。

長年、
水族館、動物園で、
獣医師として勤務していました。

短期間ですが、
犬猫行政、
食品衛生業務も
しました。

その後、
長年、
東北、沖縄の
動物病院で勤務しました。

短期間ですが、
オーストラリアなど
海外の複数の動物園や水族館で、
研修した事があります。
詳しくは、
別のブログ「あっちこっち雑記」で。

祖先は、醍醐源氏の末裔で、
福岡県八女市黒木の
猫尾城の城主を
していました。
詳しくは動物病院HPで。

学生時代、
生物学と歴史は好きでした。

高校時代、
試験の時は、
事前に、関連事項まで詳しく調べて、

特に歴史の時は、
現地調査までする事があったので、

筆記試験の時は

関連事項まで、詳細に書くと、

テスト用紙の回答欄のスペースでは、

ものすごく不足したので、

裏まで書いても不足した時には、

2枚目の白紙をもらい、
ぎりぎりまで書いていました。

そのため、高校の時は、
歴史や生物のテスト用紙が配られる時、
あらかじめ、
白紙が、2枚配られるようになりました。

先祖は笛が得意で、
後白河法皇、後鳥羽天皇に、
褒められた事があります。

自分も、子供の頃、
ピアノを習っていたので、
音楽が好きです。

水族館、動物園勤務時代、
野生動物は、
殺気を感じると、
逃げるので、
殺気を感じさせない為、
歌いながら、
治療していたので、
歌が得意になりました。

尚、話し言葉や細かい所などは、
意訳の場合もあります。

リンクはフリーです。

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