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朝鮮半島情勢(12)-韓国(2)-『李晩承』(2)-『朴正煕』(1)

1954年、韓国の憲法では、
大統領の任期は、2期までで、
3選は出来ない事になっていました。

『李晩承』は、
北朝鮮の様に独裁者を目指していたので、

3選禁止規定を撤廃するという改憲案を提出したそうです。

そして、
国会投票した結果、議員203人中、

賛成135票、反対60票、
棄権7票、無効票1票だったそうです。

可決には、議会の3/2の136票が必要だったので、

当然、改憲案は否決されるでしたが、

『李晩承』は、
四捨五入を用いれば、140票なので、
改憲に必要な3/2を超えていると言って、
可決させました。

ちなみに、『李晩承』は、
国際連盟で通訳をしていた『フランチェスカ・ドナー』と出会い、
結婚していましたが、実子がいなかったので、

遠縁で、副大統領『李起鵬』の
長男『李康石』を、養子にしました。

『李康石』は、養子になってから、
特別枠でソウル大学校に入学しましたが、
独裁者『李晩承』の息子という特権を利用し、
好き勝手し、市民を殴ったり、公共の物を壊したり、
何をやっても、罪に問われませんでした。

1957年、
『李康石』が特別視されている事を見ていた
22歳の『姜聖柄』は、

『李康石』になりすまし、
「父からの密命だ。」と言って、警察署長などを騙し、
金品を要求するという事件を起こしたそうです。

韓国の大統領『李晩承』は、
1959年に、工作員を使い、

施設の破壊、日本人暗殺、
交通網破壊、政財界への浸透を計画していたそうです。

しかし、
日本の社会党の『猪俣浩三』代議士が、
事前にその情報を得て、
韓国領事館の『金永煥』三等書記官と
来日中の韓国特務機関の幹部が指揮していると判明し、

爆薬を持っていた韓国工作員を逮捕し、
未然に防いだそうです。

1960年、『李承晩』は、大統領選挙の4選目の時、

警察や役人を使って、

正々堂々と選挙の不正工作を、徹底したそうです。

1960年3月15日、『李承晩』の当選が報じられると、

北朝鮮とは違い、

韓国市民は、
不正選挙を糾弾するデモへと発展しました。

政府は、「デモは、共産党主義者の扇動!」と言って、
鎮圧し、8人が死亡し、50人以上が怪我したそうです。

これに抗議し、
ソウルで、数万人規模のデモが行われたので、
政府は鎮圧し、186人が死んだそうです。

すると、アメリカは、
「民衆の正当な不満に応えないのなら、
対韓経済援助を再考する。一時しのぎは、許されない」と、
言いました。

政府は、非常戒厳令を布告しましたが、
おさまらず、ソウル市民3万人が、
『李承晩』の退陣要求を行いました。

そして、
パゴダ公園にある『李承晩』の銅像が引き倒され、
暴動が起き、国会でも大統領の即時辞任を要求する決議が、
全会一致で採択されたそうです。

そのため、『李承晩』は、大統領職を辞任する事になりました。

すると、
『李承晩』の養子『李康石』は、先が見えないと言って、
実父『李起鵬』や実弟を射殺し、自殺したそうです。

それでも、
民衆の怒りが収まらず、ますます高まったので、
『李晩承』は、身の危険を感じ、
1960年5月29日に妻と共に、
アメリカのハワイに亡命しました。

その後、
1965年7月19日、『李晩承』は、
ハワイで死亡したそうです。

『李晩承』の死後、妻『フランチェスカ・ドナー』は、
故郷オーストリアにいったん戻りましたが、

1970年に韓国へ戻り、
1992年、ソウルで死亡したそうです。

『李承晩』失脚後、

韓国は、実情を知らないので

金一族の支配する北朝鮮に合流するという、
南北統一運動が盛り上がったそうです。

民衆を動かすのは、情報を操作すれば、
簡単なことかもしれません。

実情を知らないのは、怖い事です。

1961年、
韓国が、北朝鮮に合流する事に危機感を抱いた、
一部の軍がクーデターを起こしました。

クーデターにより、『朴正煕』が、
韓国大統領になったのですが、

実は、陸軍の情報局に所属していた『金鍾泌』が、
主導していました。

『金鍾泌』は、矢面に立ちたくなかったので、
クーデターの頭目になる人物は誰でも良かったのですが、
実直で信頼できて、言う事をききそうな人物ということで、
『朴正熙』が選ばれたそうです。

しかし、
『朴正熙』は、大統領になった途端、
人が変わり、権力に取りつかれ、
非常に猜疑心が強くなり、
普段は、寡黙で温厚ですが、かんしゃく持ちで、
怒りに火が付くと手に負えななかったそうです。

そして、
『朴正熙』は、従順な人物で周囲を固め、
自分の座を脅かす者を徹底して排除し、

恩人の『金鍾泌』が大統領の座を狙っていると疑い、
強制捜査も行ったそうです。(続く)
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プロフィール

ムーミン

Author:ムーミン
生まれは、福岡、
育ちは、大阪、
現在、秋田市で、
動物病院を開院。

長年、
水族館、動物園で、
獣医師として勤務していました。

短期間ですが、
犬猫行政、
食品衛生業務も
しました。

その後、
長年、
東北、沖縄の
動物病院で勤務しました。

短期間ですが、
オーストラリアなど
海外の複数の動物園や水族館で、
研修した事があります。
詳しくは、
別のブログ「あっちこっち雑記」で。

祖先は、醍醐源氏の末裔で、
福岡県八女市黒木の
猫尾城の城主を
していました。
詳しくは動物病院HPで。

学生時代、
生物学と歴史は好きでした。

高校時代、
試験の時は、
事前に、関連事項まで詳しく調べて、

特に歴史の時は、
現地調査までする事があったので、

筆記試験の時は

関連事項まで、詳細に書くと、

テスト用紙の回答欄のスペースでは、

ものすごく不足したので、

裏まで書いても不足した時には、

2枚目の白紙をもらい、
ぎりぎりまで書いていました。

そのため、高校の時は、
歴史や生物のテスト用紙が配られる時、
あらかじめ、
白紙が、2枚配られるようになりました。

先祖は笛が得意で、
後白河法皇、後鳥羽天皇に、
褒められた事があります。

自分も、子供の頃、
ピアノを習っていたので、
音楽が好きです。

水族館、動物園勤務時代、
野生動物は、
殺気を感じると、
逃げるので、
殺気を感じさせない為、
歌いながら、
治療していたので、
歌が得意になりました。

尚、話し言葉や細かい所などは、
意訳の場合もあります。

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