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硫黄島の戦い-『栗林忠道』(2)-『西竹一(バロン西)』男爵と愛馬『ウラヌス』(15)

1945年2月16日、
計画していた地下トンネルの4割まで作ったところで、
海上に、アメリカ軍艦が姿を現したそうです。

そして、
6隻の戦艦、5隻の巡洋艦による艦砲射撃、
多数のロケット弾が撃ち込まれ、

その上、
航空機攻撃による爆撃が、

3日間、24時間絶え間なく、続けられました。

そして、アメリカ海兵隊は、

日本軍の抵抗を受ける事なく、

1945年2月19日に、

アメリカ海兵隊は、上陸しました。

そして、静かな海岸で、

「アメリカ海兵隊と戦える日本兵士は、
まだ、残っているのか?」と、軽口をたたいて、
上陸し、進んでいると、

潜んでいた日本軍による、集中攻撃が、始まりました。

アメリカ海兵隊は、艦艇の砲撃により、
日本軍が壊滅状態になっていると信じ、

油断していた事と、

柔らかい砂浜に足を取られたので、

4人に1人が、死傷という大打撃を受けたそうです。

揚陸した戦車56両のうち、28両が撃破されたそうです。

そして、
『西竹一(バロン西)』男爵は、
敵味方隔てず、傷ついた人は、
乏しい医薬品を集め、治療をしたそうです。

その時、
米兵捕虜が、手紙を持っていたので、
見せてもらったそうです。

そこには、母国アメリカで、
我が子を気遣う母の切々たる思いが、
書かれていたそうです。

すると、『西竹一(バロン西)』男爵は、

「どこの国でも、人情には変わりねえな。」と、
つぶやいたそうです。

そして、時間の経過と共に、

圧倒的な物量のアメリカ軍が優勢になり、

上陸4日後には、

日本軍の拠点として考えられていた
硫黄島の摺鉢山に星条旗を立て、

アメリカ軍は、これで、
占領は、ほぼ完了と考えたそうです。

『栗林忠道』ら日本軍守備兵は、

日本大本営から、
「アメリカ軍撃退が不可能な場合、玉砕せよ。」と、
命令を受けていましたが、

「アメリカ軍撃退が不可能となっても、
アメリカ軍に、
できるだけ多くの血と弾薬と時間を消費させて、

自分たちの家族がいる本土が、
爆撃されるのを、
出来る限り遅らせたい。」と考え、

最期の一兵になっても、戦う事にしました。(続く)



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プロフィール

ムーミン

Author:ムーミン
生まれは、福岡、
育ちは、大阪、
現在、秋田市で、
動物病院を開院。

長年、
水族館、動物園で、
獣医師として勤務していました。

短期間ですが、
犬猫行政、
食品衛生業務も
しました。

その後、
長年、
東北、沖縄の
動物病院で勤務しました。

短期間ですが、
オーストラリアなど
海外の複数の動物園や水族館で、
研修した事があります。
詳しくは、
別のブログ「あっちこっち雑記」で。

祖先は、醍醐源氏の末裔で、
福岡県八女市黒木の
猫尾城の城主を
していました。
詳しくは動物病院HPで。

学生時代、
生物学と歴史は好きでした。

高校時代、
試験の時は、
事前に、関連事項まで詳しく調べて、

特に歴史の時は、
現地調査までする事があったので、

筆記試験の時は

関連事項まで、詳細に書くと、

テスト用紙の回答欄のスペースでは、

ものすごく不足したので、

裏まで書いても不足した時には、

2枚目の白紙をもらい、
ぎりぎりまで書いていました。

そのため、高校の時は、
歴史や生物のテスト用紙が配られる時、
あらかじめ、
白紙が、2枚配られるようになりました。

先祖が笛が得意だったのと、
子供の頃、
ピアノを習っていたので、
音楽が好きです。

水族館、動物園勤務時代、
野生動物は、
殺気を感じると、
逃げるので、
殺気を感じさせない為、
歌いながら、
治療していたので、
歌が得意になりました。

尚、話し言葉や細かい所などは、
意訳の場合もあります。

リンクはフリーです。

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