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『西竹一(バロン西)』男爵と愛馬『ウラヌス』(13)

『西竹一(バロン西)』男爵は、
戦地の硫黄島に行く前に、
馬事公苑にいた年老いた『ウラヌス』に、
会いに行きました。

『ウラヌス』は、
『西竹一(バロン西)』男爵の足音を聞くと、
脚を踏みならして、喜びを表現し、

首や鼻面をこすりつけて、愛咬してきたそうです。

ちなみに、
自分が動物園勤務の時、

チンパンジーは、麻袋の毛布で寝ていたので、

チンパンジーの『ボンタ』や『ノリコ』が、

寝る時に、麻袋を渡したりしたり、

起きる時に、麻袋を受け取ったりしましたが、

その時や、

食事の時や、

獣舎の近くを通る時など、

毎日のように、チンパンジーと握手をして、
スキンシップを取っていましたが、

動物園をやめてから、会いに行ったのですが、
無視されました。

確かに、何度も、治療のため、
吹き矢で注射していたので、嫌われていたかも?

ちなみに、
チンパンジーの握力は、
片手で300kg以上あると言われているので、
一般の人は、握手は、絶対にしないで下さい。

動物園勤務時、
アフリカゾウの『ダイスケ』、『ハナコ』を
治療したのですが、
治療をスムーズに進めるため、
お座り、お手、鼻上げ、来いなどを教えていましたが、

やめてから、会いに行った時、
遠くから合図を出したのですが、反応はありませんでした。

ちなみに、
ゾウの芸は、
見せるために、教えたのではなく、
治療の一環で行ったので、
ゾウの芸は見る事は、出来ません。

確かに、『ダイスケ』は、
何回も麻酔をかけ、治療したので、
嫌われてたかも?

そして、
『西竹一(バロン西)』男爵は、
『ウラヌス』を馬場に引き出し、
障害は越えずに、一周ゆっくりと回りました。

そして、厩舎に戻ると、『ウラヌス』は、
再び、首や鼻面をこすりつけて来たので、

『西竹一(バロン西)』男爵は、
『ウラヌス』の顔を、しばらくさすりながら、
「また来るからな。」と言って、

『ウラヌス』のたてがみを、一束切り取って、
懐に入れ、厩舎を、あとにしました。

そして、『西竹一(バロン西)』男爵は、
戦車第26連隊長だったし、

戦場には、馬はいませんでしたが、

命より大切だと言って、

ロサンゼルス五輪で、
使っていた藤の乗馬鞭を握りしめ、
特別製の軍服や帽子、そして、
特別製のエルメスの乗馬用ブーツで、

硫黄島に向かったそうです。(続く)



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プロフィール

ムーミン

Author:ムーミン
生まれは、福岡、
育ちは、大阪、
現在、秋田市で、
動物病院を開院。

長年、
水族館、動物園で、
獣医師として勤務していました。

短期間ですが、
犬猫行政、
食品衛生業務も
しました。

その後、
長年、
東北、沖縄の
動物病院で勤務しました。

短期間ですが、
オーストラリアなど
海外の複数の動物園や水族館で、
研修した事があります。
詳しくは、
別のブログ「あっちこっち雑記」で。

祖先は、醍醐源氏の末裔で、
福岡県八女市黒木の
猫尾城の城主を
していました。
詳しくは動物病院HPで。

学生時代、
生物学と歴史は好きでした。

高校時代、
試験の時は、
事前に、関連事項まで詳しく調べて、

特に歴史の時は、
現地調査までする事があったので、

筆記試験の時は

関連事項まで、詳細に書くと、

テスト用紙の回答欄のスペースでは、

ものすごく不足したので、

裏まで書いても不足した時には、

2枚目の白紙をもらい、
ぎりぎりまで書いていました。

そのため、高校の時は、
歴史や生物のテスト用紙が配られる時、
あらかじめ、
白紙が、2枚配られるようになりました。

先祖が笛が得意だったのと、
子供の頃、
ピアノを習っていたので、
音楽が好きです。

水族館、動物園勤務時代、
野生動物は、
殺気を感じると、
逃げるので、
殺気を感じさせない為、
歌いながら、
治療していたので、
歌が得意になりました。

尚、話し言葉や細かい所などは、
意訳の場合もあります。

リンクはフリーです。

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