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『西竹一(バロン西)』男爵と愛馬『ウラヌス』(11)

1944年、『西竹一(バロン西)』男爵は、
陸軍戦車第26連隊の連隊長に任命され、
満州北部に行きました。

当時、アメリカは、
グアム、サイパンなどマリアナ諸島を、
占領しつつあったので、

B29爆撃機による、
日本の本土全域への直接爆撃が、
可能となりました。

しかし、
B29爆撃機を守るための
護衛戦闘機が無かったので、

日本軍の迎撃戦闘機に迎撃され、

思ったような成果が、上がりませんでした。

アメリカ軍に護衛戦闘機が無かったのは、
理由があります。

何故なら、
サイパンから東京までの距離は、約2350km。

それに対し、
B29爆撃機の最大航続距離は、
爆弾9千kg搭載時は、約5230km、
爆弾7千kg搭載時は、約6600km 、
爆弾搭載していない時は、約9000kmですが、

アメリカの護衛戦闘機の航続距離は、
約2600kmだったので、

往復を考えると、B29爆撃機を、
護衛できる戦闘機が、ありませんでした。

しかし、
サイパンと東京の中間の地点、約1200kmに、
小笠原諸島の硫黄島があるので、

硫黄島を手に入れれば、
B29爆撃機の燃料は半分で済み、
その分大量の爆弾を搭載出来るし、

護衛戦闘機の基地および不時着場所として、
活用できると考え、

その上、

硫黄島に、
日本軍の防空監視拠点があったので、

日本軍は、硫黄島の情報により、
迎撃戦闘機の準備をしていたので、

アメリカは、硫黄島の占拠を考えました。

実際、終戦までに、硫黄島に、
B29の不時着は、2,200機以上あり、
25,000人以上の航空機乗員が、
硫黄島の基地の恩恵を受けたそうです。

そして、硫黄島をめぐって、戦いが始まりました。

戦線を後退させていた日本軍は、

硫黄島が陥落したら、

日本本土への爆撃が、
頻繁になると危機感を抱きました。



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プロフィール

ムーミン

Author:ムーミン
生まれは、福岡、
育ちは、大阪、
現在、秋田市で、
動物病院を開院。

長年、
水族館、動物園で、
獣医師として勤務していました。

短期間ですが、
犬猫行政、
食品衛生業務も
しました。

その後、
長年、
東北、沖縄の
動物病院で勤務しました。

短期間ですが、
オーストラリアなど
海外の複数の動物園や水族館で、
研修した事があります。
詳しくは、
別のブログ「あっちこっち雑記」で。

祖先は、醍醐源氏の末裔で、
福岡県八女市黒木の
猫尾城の城主を
していました。
詳しくは動物病院HPで。

学生時代、
生物学と歴史は好きでした。

高校時代、
試験の時は、
事前に、関連事項まで詳しく調べて、

特に歴史の時は、
現地調査までする事があったので、

筆記試験の時は

関連事項まで、詳細に書くと、

テスト用紙の回答欄のスペースでは、

ものすごく不足したので、

裏まで書いても不足した時には、

2枚目の白紙をもらい、
ぎりぎりまで書いていました。

そのため、高校の時は、
歴史や生物のテスト用紙が配られる時、
あらかじめ、
白紙が、2枚配られるようになりました。

先祖が笛が得意だったのと、
子供の頃、
ピアノを習っていたので、
音楽が好きです。

水族館、動物園勤務時代、
野生動物は、
殺気を感じると、
逃げるので、
殺気を感じさせない為、
歌いながら、
治療していたので、
歌が得意になりました。

尚、話し言葉や細かい所などは、
意訳の場合もあります。

リンクはフリーです。

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