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『西竹一(バロン西)』男爵と愛馬『ウラヌス』(5)

ロサンゼルスに着くと、

『西竹一(バロン西)』男爵は、

他国に馬鹿にされてはいけないと言って、
選手全員分のタキシードを、自前で支払ったそうです。

そして、
特注でゴールドの塗装を施した
高級車「パッカード・コンバーチブル」を、
購入したそうです。

馬術の練習は、午前中のみだったので、

午後になると、「パッカード・コンバーチブル」で、
タキシードを着た選手を引き連れて、
色々な所に行ったそうです。

当然、
ラスベガスへも行き、
カジノで大金をすったそうです。

ちなみに、
自分もラスベカスに行った事があります。

ラスベガスを離れる時、
空港にスロットマシンがあったので、

最後の最後まで、賭け事が…と思い、
ビックリしましたが、

財布に入っていた小銭を、
全てつぎ込みました。

結果、負けました。

でも、ラスベガスは、
街自体がテーマパークで、楽しかったです。

そして、料理もおいしく、
バイキングの料理が良かったです。

ロサンゼルス、ハリウッド、
オーストラリアに行った時、
ビックリしたのですが、
普通の体型の人でも、
欧米人の食事は、ビックサイズです。

あと、欧米と小銭で思い出しましたが、
5,050ドルの品物を購入する時、
小銭を無くすため、
日本人なら、10、050ドルを出して、
お釣りを5,000ドルをもらうと考えますが、

アメリカでもオーストラリアでも、
10,000ドルで足りるのに、
何故、50ドルを出す?とよく言われました。

でも、英語の練習のため、急いでいない時は、
わざと小銭を出しました。

そして、
『西竹一(バロン西)』男爵は、
親友で、ハリウッドの大スター
『ダグラス・フェアバンクス』夫妻と会い、
旧交を温めたそうです。

そして、
ロサンゼルスオリンピックが、開催されました。

最終日の1932年8月14日の最終種目が、
馬術競技の「障害飛越競技」でした。

ちなみに、
当時は禁酒法があり、
り密造酒が飲まれていましたが、
口には合わなかったので、

『西竹一(バロン西)』男爵のポケットには、
銀のボトル入りの高級ウイスキーが、
入っていたそうです。

そして、『西竹一(バロン西)』男爵は、
愛する銀のボトル入りの高級ウイスキーを、
少し飲んでから、会場に向かったそうです。

ちなみに、馬術は、
1900年のパリ大会からオリンピック競技となり、
1912年のストックホルム大会からは、
現在のように馬場馬術、障害飛越、
総合馬術の3種目が行われるようになったそうです。

当時、オリンピックでは、馬術競技は、
最も注目される競技で、
「五輪の華」と、たたえられていたそうです。

「障害飛越競技」は、
馬術競技の中でも、最も高度で、
最も華やかなものとされ、
この競技の勝者こそ、
真のオリンピック勝者として、
尊敬されるという意味合いを持ち、

オリンピックの掉尾を飾る競技として、
メインスタジアムで行われるのが恒例でした。

そのため、
会場は十万を越える観衆で埋まっていました。

馬術は、一般に普及しているスポーツではなく、
各国とも陸軍の騎兵が主導する競技で、

馬を運ぶのに貨物船が仕立てられ、
馬の世話をするため多くの兵卒が付き従い、

アメリカ、日本、メキシコ、
スウェーデンの11組の参加選手は、
全員軍人で、国の威信をかけて、出場していました。

「障害飛越競技」は、全長1050mのコースに、
柵や水濠などの19個の障害物が設けられ、
屈指の難度に、配列されていたそうです。

そして、
「障害飛越競技」が、始まりました。(続く)



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プロフィール

ムーミン

Author:ムーミン
生まれは、福岡、
育ちは、大阪、
現在、秋田市で、
動物病院を開院。

長年、
水族館、動物園で、
獣医師として勤務していました。

短期間ですが、
犬猫行政、
食品衛生業務も
しました。

その後、
長年、
東北、沖縄の
動物病院で勤務しました。

短期間ですが、
オーストラリアなど
海外の複数の動物園や水族館で、
研修した事があります。
詳しくは、
別のブログ「あっちこっち雑記」で。

祖先は、醍醐源氏の末裔で、
福岡県八女市黒木の
猫尾城の城主を
していました。
詳しくは動物病院HPで。

学生時代、
生物学と歴史は好きでした。

高校時代、
試験の時は、
事前に、関連事項まで詳しく調べて、

特に歴史の時は、
現地調査までする事があったので、

筆記試験の時は

関連事項まで、詳細に書くと、

テスト用紙の回答欄のスペースでは、

ものすごく不足したので、

裏まで書いても不足した時には、

2枚目の白紙をもらい、
ぎりぎりまで書いていました。

そのため、高校の時は、
歴史や生物のテスト用紙が配られる時、
あらかじめ、
白紙が、2枚配られるようになりました。

先祖が笛が得意だったのと、
子供の頃、
ピアノを習っていたので、
音楽が好きです。

水族館、動物園勤務時代、
野生動物は、
殺気を感じると、
逃げるので、
殺気を感じさせない為、
歌いながら、
治療していたので、
歌が得意になりました。

尚、話し言葉や細かい所などは、
意訳の場合もあります。

リンクはフリーです。

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