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『西竹一(バロン西)』男爵と愛馬『ウラヌス』(1)

2020年に東京オリンピックが、
開催されます。

今回は、オリンピックの馬術の話をします。

現在まで、
オリンピックの馬術で、
日本人選手で、メダルを取ったのは、

1932年、ロサンゼルスオリンピックの時に、
金メダルを獲得した
『西竹一(バロン西)』男爵だけだそうです。



『西竹一(バロン西)』男爵は、

『クリント・イーストウッド』監督の
映画「硫黄島からの手紙」や

城山三郎の小説「硫黄島に死す」、

ノンフィクション作家『大野芳』の
「オリンポスの使徒 
「バロン西」伝説はなぜ生れたか」に出てくるので、
知っている人も多いと思います。

『西竹一(バロン西)』男爵は、

1902年、東京で、薩摩藩出身の
『西徳二郎』男爵の3番目の子供として生まれましたが、
実母は、西家に仕えていた女中でした。

しかし、
『西徳二郎』男爵の本妻、後妻の間に生まれた
長男、次男は、幼少時に死去したので、
『西竹一(バロン西)』男爵が、嫡男となったそうです。

そして、
出産後、『西竹一(バロン西)』男爵の実母だけが、
実家に戻されたそうです。

生んだきり我が子と会うことのなかった
『西竹一(バロン西)』男爵の実母は、
我が子に手紙を、書き続けました。

そして、
『西竹一(バロン西)』男爵は、27歳の時、
実母と再会を果たしますが、

何の感情もわかなかったそうです。

そのため、再会は一度きりのものとなったそうです。

『西徳二郎』男爵は、駐清公使の時、
1900年の義和団の乱の処理をうまく行ったので、
『西太后』から、厚く信頼され、
中国茶の専売権を与えられ、
巨万の富を持っていました。

そして、
1912年、『西徳二郎』男爵が死亡した後、

『西竹一(バロン西)』男爵は、
麻布櫻田町の自宅と
その周辺1万坪の土地と50軒の貸家、
熱海と鎌倉の別荘、各種株券など、
莫大な遺産を、引き継いだそうです。

そして、『西竹一(バロン西)』男爵は、

1917年、
幹部将校候補を養成するための、
大日本帝国陸軍の広島陸軍地方幼年学校に入校し、
カメラ、空気銃、オートバイなどの趣味に、
没頭したそうです。

『西竹一(バロン西)』男爵は、
幼年士官学校3年生の時、
馬の写真を撮影しているうちに、
どうしても乗馬したくなったそうです。

そして、乗馬に挑戦しましたが、
何度も落馬しているうちに、
次第に、
乗る事が出来るようになったそうです。

そして、『西竹一(バロン西)』男爵は、
どんどん、馬の魅力にはまり、
馬を、こよなく愛するようになったそうです。

そして、
1921年、
新設の陸軍士官学校予科へ入校しました。

当時、『西竹一(バロン西)』男爵は、
アメリカ製自動車「リバティー」が、愛車でしたが、

スピード狂で、警察も手を焼いていたので、
『西竹一(バロン西)』男爵に対する監視の目が、
とても厳しかったそうです。

そのため、『西竹一(バロン西)』男爵は、
監視の手を緩めてもらうため、
麻布警察署に、職員宿舎を、寄付したそうです。

そのため、
これ以降、
麻布警察署の管轄地域の
六本木などに逃げ込むと、
警察は見逃してくれるようになったそうです。

そして、予科士官学校卒業時、
騎兵を選択したそうです。

そして、『西竹一(バロン西)』男爵は、
ますます馬好きに磨きがかかって、
食事と寝る時以外は、
常に馬に乗っているかのような、
熱中ぶりをだったそうです。

しかし、仕事だけではなく、
プライベートも、しっかり楽しんでいました。

『西竹一(バロン西)』男爵は、
新設の陸軍士官学校予科へ入校してから
避暑で訪れていた鎌倉の別荘で見かけた、
川村伯爵家の令嬢『川村武子』に、
一目ぼれしたそうです。

そして、『川村武子』と、愛車「リバティー」で、
ドライブしたりして、デートもしていたそうです。

1924年、
陸軍士官学校を卒業し、陸軍騎兵少尉になり、

22歳になった『西竹一(バロン西)』男爵は、
19歳の『川村武子』と結婚しました。


『西竹一(バロン西)』男爵と妻子

そして、1927年、
陸軍騎兵学校を卒業し、陸軍騎兵中尉に、
なったそうです。

そして、馬具は、
フランスのエルメスの馬具、
エルメスのブーツ、
拍車は、フランスやイギリス製で、

お金持ちだったので、
全て特別製だったそうです。

当然、軍服もオーダーメイドだったそうです。(続く)



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プロフィール

ムーミン

Author:ムーミン
生まれは、福岡、
育ちは、大阪、
現在、秋田市で、
動物病院を開院。

長年、
水族館、動物園で、
獣医師として勤務していました。

短期間ですが、
犬猫行政、
食品衛生業務も
しました。

その後、
長年、
東北、沖縄の
動物病院で勤務しました。

短期間ですが、
オーストラリアなど
海外の複数の動物園や水族館で、
研修した事があります。
詳しくは、
別のブログ「あっちこっち雑記」で。

祖先は、醍醐源氏の末裔で、
福岡県八女市黒木の
猫尾城の城主を
していました。
詳しくは動物病院HPで。

学生時代、
生物学と歴史は好きでした。

高校時代、
試験の時は、
事前に、関連事項まで詳しく調べて、

特に歴史の時は、
現地調査までする事があったので、

筆記試験の時は

関連事項まで、詳細に書くと、

テスト用紙の回答欄のスペースでは、

ものすごく不足したので、

裏まで書いても不足した時には、

2枚目の白紙をもらい、
ぎりぎりまで書いていました。

そのため、高校の時は、
歴史や生物のテスト用紙が配られる時、
あらかじめ、
白紙が、2枚配られるようになりました。

先祖が笛が得意だったのと、
子供の頃、
ピアノを習っていたので、
音楽が好きです。

水族館、動物園勤務時代、
野生動物は、
殺気を感じると、
逃げるので、
殺気を感じさせない為、
歌いながら、
治療していたので、
歌が得意になりました。

尚、話し言葉や細かい所などは、
意訳の場合もあります。

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