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凍死する時(4)-ディアトロフ峠

1959年、
ソビエト共産主義の下、
ウラル山脈にあるオトルテン山登頂を目指し、

『イーゴリ・アレクセーエヴィチ・ディアトロフ』をリーダーとする、

ウラル工科大学(旧 ウラル科学技術学校)の学生と
OBの9人の超ベテラン登山者が、

スキーでのトレッキングで、オトルテン山頂を目指しました。

何故なら、
オトルテン山登頂に成功すると、
アスリートを育てるスポーツマスターの資格を、
得る事が出来て、

エリート街道を、進む事が出来るからでした。

しかし、
結果は、失敗し、全員が凍死しました。

ところが、その死に方が、不思議でした。

防寒着やブーツなどの荷物はテントの中で発見され、

全員薄着で、靴も履いていなかったそうです。

ちなみに、事件後、事件のあった地域は、
リーダーの『ディアトロフ』の名前から、
ディアトロフ峠と呼ばれるようになりました。

ソ連の捜査当局により分かったのは、

テントは、鋭利な刃物で、内側から引き裂かれていて、
遺体には争った形跡はありませんでした。

最後に食事を摂ってから、
約7時間後に死亡していました。

テント内に残されたカメラのフィルムが、現像されました。

写真は、彼らの姿を映したものが多数でしたが、

最後の1枚が、奇妙なオレンジ色の光球でした。

遺体は、3方向にテントから1kmほども離れた場所で、
発見されていました。

遺体の皮膚は、茶褐色から黒く変色し、髪は白く変色し、

2体に頭蓋骨骨折、2体は肋骨を損傷、
1体は眼球や舌が無く、

犠牲者の衣服から、
通常の2倍の線量の放射性物質が、検出されました。

そして、
ソ連の捜査当局は、抗いがたい自然の力によって、
全員の死因が低体温症により、
9人が死に至ったと発表しました。

しかし、ソ連の捜査当局は、

事件後3年間にわたって、

事件が発生した地域への立ち入りを禁じました。

詳しい事は判明しなかったので、
色々な説が出ました。

核実験の誤爆説。

確かに、
1400kmほど離れた場所に核実験がありますが、
もし、核兵器の誤爆なら、
2倍程度の放射線量では済まないし、
通常の2倍程度なら異常ではなく
大気汚染などでも起こり得るそうです。

次に、雪崩説。

押し寄せてきた雪が夜のうちにテントを潰し、
パニックになり、テントを切り裂いて逃げ出し、
助けを求めて移動している間に、凍死したというものです。

しかし、
雪崩は傾斜30度以上で発生することが多いのですが、
事件のあった地域は傾斜15度で雪崩が起きにくい条件でした。

次にUFO説。

事件のあった夜、
事件の発生地点から、南に50km離れた場所にいた、
別のトレッキング客の一行が、

北の夜空に奇妙なオレンジ色の光球を、
目撃したと報告していました。

同様の光球は、1959年、同じ地域で、
気象、軍関係者など数人に目撃されていました。

事件を調査していた警察関係者『レフ・イヴァノフ』は、

高級官僚から、調査を中止して、

光球に関する資料を機密にするよう、
直接指示を受けたそうです。

その時、『レフ・イヴァノフ』は、
光球は、UFOでは?と思ったそうです。

しかし、後日、ソ連政府は、問題の地域は、
バイコヌール宇宙基地から、
主要な核実験場だったチェルナヤ・グバに、
直接通じる道の途上に位置していたので、
光球は、R-7大陸間弾道ミサイルを、
発射した時の光と発表しました。

次に、一番有力なヘアピン渦現象説。

アメリカのドキュメンタリー映画監督『ドニー・アイカー』は、
現場のドーム状かつ左右対称の地形は、

ヘアピン渦現象と呼ばれる特異な気象現象が、
起こりやすい地形なので、

気象現象としての観測例は少ないのですが、
ヘアピン渦現象が原因ではないかと推測しました。

ヘアピン渦現象とは、
強い風がドーム状の障害物にぶつかることで、
2つ以上の竜巻に発展し、

強力な超低周波音と地響き、
旅客機が頭上を通り抜けるような
恐ろしいほどの轟音が起きるそうです。

それにより、パニックに陥り、
キャンプを飛び出したのではないかと推測しました。

捜査資料は、機密文書保管庫に送られ、

1990年代になって、

ようやく資料が、公開されるようになりましたが、
幾つかの資料が、失われていました。

ちなみに、
当時、ミサイルや核技術に関するデータが漏れるのを恐れて、
そのような問題を取りあげる事を禁じていたそうです。

現在も、詳しい原因は、謎のままだそうです。(続く)



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プロフィール

ムーミン

Author:ムーミン
生まれは、福岡、
育ちは、大阪、
現在、秋田市で、
動物病院を開院。

長年、
水族館、動物園で、
獣医師として勤務していました。

短期間ですが、
犬猫行政、
食品衛生業務も
しました。

その後、
長年、
東北、沖縄の
動物病院で勤務しました。

短期間ですが、
オーストラリアなど
海外の複数の動物園や水族館で、
研修した事があります。
詳しくは、
別のブログ「あっちこっち雑記」で。

祖先は、醍醐源氏の末裔で、
福岡県八女市黒木の
猫尾城の城主を
していました。
詳しくは動物病院HPで。

学生時代、
生物学と歴史は好きでした。

高校時代、
筆記試験の時は、
事前に、関連事項まで詳しく調べて、

特に歴史の時は、
現地調査までする事があったので、

テスト用紙の回答欄のスペースでは、
不足したので、
裏まで書いても不足した時には、
2枚目の白紙をもらい、
ぎりぎりまで書いていました。

そのため、高校の時は、
歴史や生物のテスト用紙が配られる時、
あらかじめ、
白紙が、2枚配られるようになりました。

先祖が笛が得意だったのと、
子供の頃、
ピアノを習っていたので、
音楽が好きです。

水族館、動物園勤務時代、
野生動物は、
殺気を感じると、
逃げるので、
殺気を感じさせない為、
歌いながら、
治療していたので、
歌が得意になりました。

尚、話し言葉や細かい所などは、
意訳の場合もあります。

リンクはフリーです。

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