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『高橋コウ』の不思議な体験談(5)

そして、『高橋コウ』は、家に戻りました。

一連の出来事は、2日位の事と感じていましたが、
4日経過していて、大騒ぎになっていました。

2人とも衰弱していたので、
そのまま入院しました。

息子の方は、2ヶ月間入院し、
完全に回復しました。

しかし、息子は、一連の出来事が、
トラウマになり、忘れるようにしたそうです。

そして、
『高橋コウ』は、周囲に人に体験談を話しましたが、

誰も信じてくれなく、精神的に落ち込み、

その後、間もなく死亡したそうです。

そのため、
『高橋コウ』の夫『高橋邦安』が、
田代峠で、他の人が、同じような境遇に陥らないように、

『高橋コウ』から聞いた話を、
「婦人公論」に寄稿したそうです。

その後、自衛隊のヘリコプター機が、
訓練飛行中に田代峠奥地と推定される場所で、
危険緊急電報を打電した後、行方不明となりました。

大勢の自衛隊員が来て、
空中からも捜索しましたが、見つかりませんでした。

1968年、1月17日午前10時頃、
宮城県の航空自衛隊松島基地から、
飛び立った『紙西』自衛官が操縦するF-86F戦闘機が、
帰投時間の12時を過ぎても、戻りませんでした。

記録では、気候は、猛吹雪で、
田代峠奥地と推定される場所で、
行方不明となっていました。

田代峠奥地で、墜落したと考えられ、捜索隊が編成され
米軍も加わり捜索したが、機体は発見出来ませんでした。

後日、地元の猟師が、

山中で飛行機の部品を、発見したそうです。

そして、再度、自衛隊員が、

飛行機の部品を発見した周囲を捜索すると、

墜落した機体を発見したそうです。

通常は、戦闘機が墜落したら、爆破して、
機体がバラバラになっても、
おかしくないのに、

左翼が外れた以外は、
ほとんど無傷のF-86F戦闘機が、
雪上にあったそうです。

機体には火災の痕跡もなく、
周囲の木々でなぎ倒されているものは、少しでした。

機体の前方で、
パイロットの『紙西』自衛官が、発見されました。
機体の時計は、1月17日13時47分で、
止まっていたそうです。

ちなみに、帰投予定時刻は、12時頃だったので、
予定より約2時間、空を彷徨っていた事になります。

後日、
詳細な事故調査が行われましたが、
事故原因は不明だったそうです。

機体の捜索を指揮した自衛官が、

「高速で飛んでいたF-86F戦闘機に、
に大きな停止の力が働き、
機体が上下せず、水平の姿勢のまま、
降下した様に思えた。

地元民が、
方位磁石の効かない地域がある。と言っていた。

もしかしたら、それが、原因かもしれない。」と語っています。

事故原因は、UFOと言う人が多数いたので、
UFOの調査隊が、田代峠に調査に向かうと、

田代峠を越したあたりで、急に濃い霧が出て来て、
その中から1人のおかっぱ頭の女性が出て来て、
「ここから先へは、行ってはダメだ!」と言って、
睨みつけたそうです。

しばらく睨み合いが続きましたが、
その後、霧が晴れ、女性の姿も消えたそうでです。

山にいる不思議なおかっぱ頭の女性と言えば、
山の神が思い出されます。

1983年、
『佐藤カツエ』は、山菜採りで、
田代峠近くの宝森に行きました。

しかし、濃霧となり、道に迷ったそうです。

すると、
英語も詳しくは分からなかったのですが、
聞いたことのない発音でしゃべる外人と出会ったそうです。

霧が晴れると、外人は何処かに行ったそうです。

その後、救出されたのですが、
『佐藤カツエ』が、救出された時、
第一声が、

「あなた日本人?」だったそうです。

『佐藤カツエ』は、
迷っていた」のは、数時間と思っていたそうですが、
実は、2日間たっていたそうです。



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プロフィール

ムーミン

Author:ムーミン
生まれは、福岡、
育ちは、大阪、
現在、秋田市で、
動物病院を開院。

長年、
水族館、動物園で、
獣医師として勤務していました。

短期間ですが、
犬猫行政、
食品衛生業務も
しました。

その後、
長年、
東北、沖縄の
動物病院で勤務しました。

短期間ですが、
オーストラリアなど
海外の複数の動物園や水族館で、
研修した事があります。
詳しくは、
別のブログ「あっちこっち雑記」で。

祖先は、醍醐源氏の末裔で、
福岡県八女市黒木の
猫尾城の城主を
していました。
詳しくは動物病院HPで。

学生時代、
生物学と歴史は好きでした。

高校時代、
試験の時は、
事前に、関連事項まで詳しく調べて、

特に歴史の時は、
現地調査までする事があったので、

筆記試験の時は

関連事項まで、詳細に書くと、

テスト用紙の回答欄のスペースでは、

ものすごく不足したので、

裏まで書いても不足した時には、

2枚目の白紙をもらい、
ぎりぎりまで書いていました。

そのため、高校の時は、
歴史や生物のテスト用紙が配られる時、
あらかじめ、
白紙が、2枚配られるようになりました。

先祖が笛が得意だったのと、
子供の頃、
ピアノを習っていたので、
音楽が好きです。

水族館、動物園勤務時代、
野生動物は、
殺気を感じると、
逃げるので、
殺気を感じさせない為、
歌いながら、
治療していたので、
歌が得意になりました。

尚、話し言葉や細かい所などは、
意訳の場合もあります。

リンクはフリーです。

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