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マッターホルンで見た不思議な十字架(1)

『エドワード・ウィンパー』は、
父が画家だったので家業を引き継いだ形で、
イギリスで挿絵木版画家をしていましたが、

登山ガイドを多数発行している
「英国山岳会 アルパイン・クラブ」から、
アルプスの名山の写生をして来て欲しいと
依頼されたそうです。

しかし、
その当時、『エドワード・ウィンパー』は、
登山といえば、本で読んで知っているだけで、

登山をした事が、全く無いどころか、
山を見たことすらなかったそうです。

そして、アルプス山脈に赴いたそうです。

すると、『エドワード・ウィンパー』は、
雄大なアルプス山脈を見て感動し、
登山の魅力に取りつかれ、
それ以降、登山を続けました。

そして、
スイスとイタリアの国境にある
アルプス山脈の中で、
人跡未踏だったマッターホルン登山に、
挑戦することにしました。

スイス側から見るマッターホルンは壁が、
垂直に切れ上がった斜面でなので、

スイス側2
スイス側

そこを登るのは不可能であるからという先入観から、
当時は、イタリア側からの登頂が一般的でした。

イタリア
イタリア側

1857年頃より、
マッターホルン登頂の試みが始まりましたが、

イタリア側からのコースも、

難所が多く、岩が崩れやすい事と、

マッターホルンが霊峰という事も影響し、

腰が引けていたので、

どの登山家も成功しませんでした。

ちなみに、
マッターホルンは、標高4478mですが、

地球上で最も高い地点は、

ネパール、中国にあるエベレストの標高8848mです。

ただし、
雪と氷の厚みの3.5mも入れての測量なので、

雪と氷の厚みは、変化するので、

厳密な標高を求めるためには、
その都度、GPSの測量をする必要性があります。

ちなみに、
エベレストは、約4億6千万年前は海の底だったので、
エベレストの頂上から、
海ユリや三葉虫の化石が発見されています。

ちなみに、
エベレストは、
1953年にイギリス探検隊のメンバーで、
ニュージーランド出身の登山家『エドモンド・ヒラリー』と
ネパール出身のシェルパ『テンジン・ノルゲイ』により、
初登頂されたそうです。

エベレストは、
世界で、最も高い海抜高度かもしれませんが、

地球の表面上で最も地球の中心から離れた地域と言えば、
エクアドルのアンデス山脈にある、
現地語で「青い雪」を意味するチンボラソです。

チンボラソ頂上は、海抜高度6267mですが、
地球の形状は赤道に近づく程に膨れているので、
地球の中心からの高さは、
6384km…mではなくkmです。

ちなみに、
エベレストだと、6382kmです。

そして、
アメリカ・ハワイにあるマウナ・ケア山は、
標高4205mですが、
海中から地上に向かってそびえたつ山で、
海底からの高さを考慮すれば、
その標高は10203mとなり、世界最高峰となるので、

世界一高い山としてギネスブックに掲載されています。

ちなみに、
マッターホルンとは、「牧草地の角」を意味しますが、
イタリアでは、「モンテ・チェルビーノ」、
スイスでは、フランス語で「モン・セルバン」と
呼ばれているそうです。

山頂に、スイスとイタリアの国境が通り、
麓の町はスイス側にツェルマット、
イタリア側にブレイユ=チェルヴィニアがあります。

『エドワード・ウィンパー』が、
マッターホルン登頂に、
挑戦すると聞いたツェルマットの住人たちは、

「マッターホルンの頂上には廃墟となった町があり、
そこに亡霊たちが住みついている。」と言ったそうです。

『エドワード・ウィンパー』が、それを笑うと、

ツェルマットの住人たちは、
「なら、実際に行って、城壁や要塞を見てきなさい。

でも、むやみに近づくと、
魔物は高い所から岩を落としてくるから、
気を付けることだ。」と忠告したそうです。

その時、『エドワード・ウィンパー』は、
「今まで征服されなかったのは、

登るのが難しいからというよりも、

手のつけようがなさそうな偉容に、
人々が恐れを抱いたせいだ。」と思ったそうです。

そして、
1865年7月7日、
25歳になった『エドワード・ウィンバー』は、
8度目の挑戦でしたが、
今度こそは、成功させようと考え、

過去2回、一緒にマッターホルンに挑戦し、
良い所まで行った
『ジャン・アントワーヌ・カレル』を訪ね、

もう一度、
一緒にマッターホルン登頂への挑戦をしようと、
説得したそうです。

そして、
『ジャン・アントワーヌ・カレル』は、
計画を承諾しました。

その後、『エドワード・ウィンパー』は、
準備を進め、
途中まで計画が進んでいたのに、

『ジャン・アントワーヌ・カレル』が、
悪天候を理由に、

3日後に、突然、キャンセルしたそうです。

そのため、『エドワード・ウィンバー』は、
計画がダメになり、落ち込んで寝ていました。

しかし、(続く)
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プロフィール

ムーミン

Author:ムーミン
生まれは、福岡、
育ちは、大阪、
現在、秋田市で、
動物病院を開院。

長年、
水族館、動物園で、
獣医師として勤務していました。

短期間ですが、
犬猫行政、
食品衛生業務も
しました。

その後、
長年、
東北、沖縄の
動物病院で勤務しました。

短期間ですが、
オーストラリアなど
海外の複数の動物園や水族館で、
研修した事があります。
詳しくは、
別のブログ「あっちこっち雑記」で。

祖先は、醍醐源氏の末裔で、
福岡県八女市黒木の
猫尾城の城主を
していました。
詳しくは動物病院HPで。

学生時代、
生物学と歴史は好きでした。

高校時代、
試験の時は、
事前に、関連事項まで詳しく調べて、

特に歴史の時は、
現地調査までする事があったので、

筆記試験の時は

関連事項まで、詳細に書くと、

テスト用紙の回答欄のスペースでは、

ものすごく不足したので、

裏まで書いても不足した時には、

2枚目の白紙をもらい、
ぎりぎりまで書いていました。

そのため、高校の時は、
歴史や生物のテスト用紙が配られる時、
あらかじめ、
白紙が、2枚配られるようになりました。

先祖は笛が得意で、
後白河法皇、後鳥羽天皇に、
褒められた事があります。

自分も、子供の頃、
ピアノを習っていたので、
音楽が好きです。

水族館、動物園勤務時代、
野生動物は、
殺気を感じると、
逃げるので、
殺気を感じさせない為、
歌いながら、
治療していたので、
歌が得意になりました。

尚、話し言葉や細かい所などは、
意訳の場合もあります。

リンクはフリーです。

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