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マタギから聞いた話(31)-旅マタギ

マタギの語り部でもある
シカリのSさん親子から聞いた話を続けます。

阿仁マタギのシカリのSさんは、

「山は教わるっていうよりも、
歩いているうちに、自然と覚えていく。

とにかく、山歩いて体で覚えるしかない。

経験を積む事が大事だ。

それと、自分で考える事も必要だ。 」と言って、

クマ狩りで山を歩く時は、
1日30-40kmは歩いたそうです。

Sさんは、クマ巻いて姿を見たら、
80~90%は必ず仕留めたそうです。

そして、Sさんは、熊の眉間を一撃で射貫くので、
「頭撃ちの松」の異名を持っています。

他にも、阿仁マタギには、
幕末から明治初期に活躍した「重ね撃ち竹五郎」、
どんな獲物も一発で倒した「一発佐市」、
足がものすごく速い「疾風の長十郎」、
クマと格闘した「背負い投げ西松」など、
異名を持った名人がいたそうです。

しかし、
腕自慢のマタギが集中している地元で、
全員が狩猟をすれば、

乱獲となってたちまち獲物がいなくなるので、

旅に出るマタギが、いたそうです。

Sさんの祖父は、旅マタギをしていたそうです。

阿仁の旅マタギは、戦前まで東北地方はもちろん、
新潟、長野、岐阜、富山、奈良方面まで、
獲物を求めて、仲間数人で、数か月、旅したそうです。

鉱山の関係の山師たちや猟師たちのネットワークがあり、
獲物の情報を、ゲットしていたそうです。

現地に着くと、
人が通らない未開地や源流域などに狩り小屋を設け、
狩猟や川漁を行い、毛皮や熊の胆を小屋で加工したそうです。

そして、
10日位ごとに最寄の里に下山し、
里の人と、
獲物の肉や胆と米、味噌、現金と交換したそうです。

取り引きしてくれた民家を、
「マタギ宿」と呼んだそうです。

そして、
現金だけを持って、帰ってきたそうです。

旅マタギは、プライドが高く、
旅に出ない里マタギを、一段低く見ていたそうです。

しかし、
旅マタギの家は、耕地が少ないことが多く、
生活は豊かでは、なかったそうです。(続く)
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プロフィール

ムーミン

Author:ムーミン
生まれは、福岡、
育ちは、大阪、
現在、秋田市で、
動物病院を開院。

長年、
水族館、動物園で、
獣医師として勤務していました。

短期間ですが、
犬猫行政、
食品衛生業務も
しました。

その後、
長年、
東北、沖縄の
動物病院で勤務しました。

短期間ですが、
オーストラリアなど
海外の複数の動物園や水族館で、
研修した事があります。
詳しくは、
別のブログ「あっちこっち雑記」で。

祖先は、醍醐源氏の末裔で、
福岡県八女市黒木の
猫尾城の城主を
していました。
詳しくは動物病院HPで。

学生時代、
生物学と歴史は好きでした。

高校時代、
試験の時は、
事前に、関連事項まで詳しく調べて、

特に歴史の時は、
現地調査までする事があったので、

筆記試験の時は

関連事項まで、詳細に書くと、

テスト用紙の回答欄のスペースでは、

ものすごく不足したので、

裏まで書いても不足した時には、

2枚目の白紙をもらい、
ぎりぎりまで書いていました。

そのため、高校の時は、
歴史や生物のテスト用紙が配られる時、
あらかじめ、
白紙が、2枚配られるようになりました。

先祖は笛が得意で、
後白河法皇、後鳥羽天皇に、
褒められた事があります。

自分も、子供の頃、
ピアノを習っていたので、
音楽が好きです。

水族館、動物園勤務時代、
野生動物は、
殺気を感じると、
逃げるので、
殺気を感じさせない為、
歌いながら、
治療していたので、
歌が得意になりました。

尚、話し言葉や細かい所などは、
意訳の場合もあります。

リンクはフリーです。

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