マタギから聞いた話(12)-忌み数
- 2019/02/12
- 05:05
シカリのSさん親子から聞いた話を続けます。
日本人は、古来より、
言霊と言って、言葉に霊的な力があると信じてきました。
特に、いつ死んでもおかしくない戦国時代に、
この考え方が浸透し、
「死」を連想する4や「苦」を連想する9などを、
忌み数と言って、
縁起が悪いので、避けられてきました。
現在でもその考え方は残り、
病院の入院室では、
4号室というのは、ありません。
また、
日本の自動車のナンバープレートでは、
下の2桁は、希望申請すれば別ですが、
「死苦」、「始終苦」を連想させるので、
49と、
そして、
「死に」を連想させるので、
42は、欠番になっています。
山に親しみ、山の恩恵に感謝するという「山の日」は、
当初は、
お盆休みと連続させやすい利点があるとして、
お盆前の8月12日とする案が有力だったのですが、
御巣鷹山に墜落し、
520人の犠牲者を出した「日本航空123便墜落事故」が、
8月12日に起きたので、
御巣鷹の尾根がある
群馬県知事や群馬県選出の衆議院議員らが、
「事故が起きた日をお祝いするのは、違和感を覚える。
これでは山の日ではなく、
御巣鷹山の日になってしまう。」と懸念を示したので、
最終的に、日にち的には、意味的な考えもなく、
ただ単に、その前日の8月11日になったそうです。
そして、
マタギの世界では、12は忌み数だそうです。
そのため、
マタギの社会では、12を避けているそうです。
12というのは、時計や月や、
十二進法でもあるように、
生活に関係ある数ですが、
忌み数が12というのは、
オリュンポス十二神ではなく、
十二神将由来説など、
いろいろな説があります。
その一つが、親指が関係しています。
古来日本では、
親指は、穢れや災いが、
入る急所だと信じられてきました。
そのため、
「霊柩車を見たら、親指を隠す。」、
「狐や狸に化かされない為には、親指を隠す。」、
「疫病や災厄を防ぐ為には、親指を隠す。」、
「親指の爪の間から魂は出入りする。」という迷信があり、
現在も信じている人はいます。
穢れのある親首が触るほかの指の数は、
人差指、中指、薬指、小指の忌み数に当たる4本。
4本の関節の数は、それぞれが3本。
そのため、4×3=12という説もあります。
ちなみに、
江戸時代まで親指は、
大指と呼ばれ、親指は俗語でしたが、
明治時代から、大指と呼ばれなくなり、
親指と呼ばれるようになったそうです。
ある冬の日、
青森県中津軽郡西目屋村砂子瀬のマタギが、
いつもは、13人でチームを組んでいましたが、
どうしても都合が合わず、
忌み数になるのですが、
猟をやめることは出来ないと言って、
12人で猟に出ました。
そして、
崖を降りて、雪深い沢を越え、
向こう岸に行くことになった時、
先頭のマタギが、
「まずは偵察に行ってくる。」と言って、
先に崖を降りました。
しばらくして、
「大丈夫だったか?降りていいか?」と、
2番手のマタギが聞きました。
すると、
「いいよ!」と聞こえてきました。
そして、
2番手のマタギは、何度も通った崖なので、
慣れたかんじで、降りていきました。
「降りていいか?」と、3番手のマタギが聞くと、
同じうに下から、
「いいよ!」と聞こえてきました。
そして、
次々に11番手のマタギまで、
さっと降りていきました。
12番目のマタギが、
「降りていいか?」と聞くと、
同じように下から、
「いいよ!!」と複数の人の声が聞こえてきました。
でも、
12番目のマタギは、
11人も降りているのに、
同じ場所から声が聞こえてくるのは、
明らかに違和感があると思いました。
何故なら、
崖の下には何度も行ったことがあるが、
沢山の人が休憩できるようなスペースはないし、
崖の下は雪崩が起きることもあるので、
一刻も早く移動しているはずなので、
休憩していることはありえない。
その上、
経過時間から考えると、
先頭集団は、
岸を渡っているはずだが、
向こう岸には、誰も見えない。
そのため、
12番目のマタギは、用心深く、
ゆっくりと崖を降りていくと、
なんと…、
11人が川に浮かんでいました。
そして、
12番目のマタギは、びっくりして、
「山の神様は、12という数が、嫌いだった!
バチが当たった。」と言って、
大慌てで助けを呼びに行ったそうです。
しかし、11人とも死亡していました。
そして、
この遭難者の鎮魂のため、
「マタギの碑」が建てられたそうです。
それ以降、砂子瀬のマタギの集落では、
12人で山に猟に行くことはなく、
12人の時は、1人増やすか、三助様という人形をつくり、
山に入るようになったそうです。
ちなみに、
1889年(明治二十二)年2月12日に、
八甲田山に工事のため、
12人の労働者が入ったそうですが、
全員、遭難し凍死したそうです。
その時、マタギの間では、
明治二十二年の十二と、
12日の12と12人の12とで、
12が3つもあったから、
遭難事故が起きたと噂されたそうです。
1997年7月12日、
八甲田山の田代平で、火山ガスが発生し、
レンジャー養成教育訓練中だった陸上自衛隊員が倒れ、
12人が救急車で運ばれ、3人が死亡しました。
現場は、県道沿いで、通称「長吉台」と呼ばれる放牧地で、
一般にも開放されていて、
「人がよく出入りするところだが、
これまでこんな事故はなかった。12日の呪い。」と噂されました。
ちなみに、
警察庁のまとめた資料によると、
事故が最も起きるのは12月だそうです。
数字の呪いといえば、
アメリカを思い出しますが、その話は、後日詳しく…。(続く)
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