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マタギから聞いた話(8)-川の主

マタギの語り部でもある
シカリのSさん親子から聞いた話を続けます。

マタギのAさんは、
猟に出ない日は、毎日釣りをするほど釣りが好きで、
イワナ釣りは名人と呼ばれる程、上手かったそうです。

しかし、
ある時、いつも行っている川で、
片目のない40cmを超える大イワナを、
糸が切れて、あと少しという所で、
逃げられたそうです。

その時、
マタギのAさんは、くやしがり、
いつか仕留めると心に誓ったそうです。

その後、天候が不順が続き、
不作の年になると人々は、
予想していました。

マタギのAさんも、
今年は、凶作になるだろうと思い、
早めにクマを仕留めて、
現金を作ろうと考えたそうです。

しかし、
禁猟期間中だったので、
鉄砲をかついで山に入ることは、
出来ないので、
秘かに、山奥にドラム缶で作った箱罠を、
仕掛けることにしたそうです。

しかし、
箱罠を仕掛けてすぐに、
大雨が降り続いたそうです。

そのため、川が氾濫したそうです。

その後、雨が上がると、
今度は急に、カンカン照りの熱い日が続き、
氾濫していた水は、落ち着きました。

マタギのAさんは、
もし、クマが箱罠に入っていて、
そのまま、水が来ていたら、
溺死して腐っていると思われるが、
その処理を考えると、めんどくさくなって、
しばらく放置していました。

しかし、禁猟期間中なのに、
罠を仕掛けてあるのを人に見られたらと思うと、
不安で、たまらなくなはじめ、箱罠を回収しに行きました。

すると、箱罠からものすごい異臭が漂ってきました。
見ると、今までに見たこともない大グマだったそうです。

めんどくさがらずに、もっと早く来ていたら、
まだ、腐っていなかったかもと、残念に思いながら、
クマの死骸をひきずり出した瞬間、
クマの死骸から、以前、取り逃がした片目の大イワナが、
飛び出てきたそうです。

片目の大イワナは、
死んでいるようでしたが、

マタギのAさんは、睨まれたような気がして、
イワナが、腐っていなかったと思うと同時に、
怖くなったそうです。

そして、
マタギのAさんは、
その大イワナをつかみ、
川の中に戻したそうです。

何度も何度も水をかけて、
「生き返ってくれ!」と呼びかけたそうです。

しかし、
大イワナは、水面に浮かび、
そのまま下流へと流されて行ったそうです。

その後、マタギのAさんは、
数日間の記憶は、
はっきりしていないそうです。

落ち着いてから、マタギのAさんが、
家族から聞いた話では、

マタギのAさんが、山から戻って来た後、
何を聞いても答えず、
うつろな目で、ひとりごとを言いながら、焼酎を煽り、
そのまま数日間、布団に寝込んでいたそうです。

後日、マタギのAさんは、
「落ち着いて考えると、
あの時は、魂が抜かれていたと思う。

今思うと、
川の主だった片目の大イワナが、
箱罠の中にほっといていたので、
怒っていたんだと思っています。」と言ったそうです。

この状態は、「マブイ(魂)落としたんじゃないの-」と、
沖縄なら言われています。

沖縄に住んでいた時、

人は、心理的ショックを受けた時、
魂が抜け、茫然自失の状態に陥り、

魂が抜けた後に悪霊が入り込む事があるので、
「マブイグミ(魂込み)」を行うと、聞きました。

やり方は、
マブイ(魂)を落したと思われる場所に行き、
「マブヤーマブヤーウーティキミソーリ
(魂よ、私を追ってきてください。)」という意味の呪文を、
3回唱えるそうです。

でも、
素人がやるより、
信用ある「ユタ(巫女)」に、
頼んだ方が良いと思います。

その後、マタギのAさんは、
再び、山の主のイワナの顔が頭にこびりつき、
怖くなり、釣りをやめたそうです。

ちなみに、
秋田には、渓流釣りのポイントが多いので、
開業する前は、良くやりました。

でも、時々、クマの足跡があり、
警戒しながらしていました。

でも、魚影が見えても、釣るのは難しかったです。

動物園勤務の時は、クマやカモシカ、
水族館勤務の時は、タツノオトシゴやサメ、マンボウ、
ペンギン、パンダイルカなどの捕獲の話もありますが、
機会があれば…。(続く)
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プロフィール

ムーミン

Author:ムーミン
生まれは、福岡、
育ちは、大阪、
現在、秋田市で、
動物病院を開院。

長年、
水族館、動物園で、
獣医師として勤務していました。

短期間ですが、
犬猫行政、
食品衛生業務も
しました。

その後、
長年、
東北、沖縄の
動物病院で勤務しました。

大阪に住んでいた時、
ジュニアリーダーをしていたので、
キャンプなどの指導などをしていました。

旅が好きで、バイクや車で
北海道や東北、関東などを、

野宿しながら、旅をしていました。

そして、
海外14カ国を、旅をして、

海外の複数の動物園や水族館で、
研修しました。

詳しくは、
別のブログ「あっちこっち雑記」で。

祖先は、醍醐源氏の末裔で、
福岡県八女市黒木の
猫尾城の城主を
していました。

先祖は、足利尊氏と戦い、
多々良浜の戦いでは、
敗戦しましたが、

筑後川の戦いなど、
最終的には勝利し、

3代将軍足利義満まで、九州を治め、

中国の「明」と、貿易をしていました。

詳しくは動物病院HPで。

学生時代、
生物学と歴史は好きでした。

試験の時は、
事前に、関連事項まで詳しく調べて、

特に歴史の時は、
現地調査までする事があったので、

筆記試験の時は

関連事項まで、詳細に書くと、

テスト用紙の回答欄のスペースでは、

ものすごく不足したので、

裏まで書いても不足した時には、

2枚目の白紙をもらい、
ぎりぎりまで書いていました。

そのため、
歴史や生物のテスト用紙が配られる時、
あらかじめ、
白紙が、2枚配られるようになりました。

だから、
高校の時、歴史の先生から、
歴史関係の進路を、
ものすごく強く勧められました。

でも、
生物の方が好きだったので、
獣医になりました。

先祖は笛が得意で、
後白河法皇、後鳥羽天皇に、
褒められた事があります。

自分も、子供の頃、
ピアノを習っていたので、
音楽が好きです。

水族館、動物園勤務時代、
野生動物は、
殺気を感じると、
逃げるので、
殺気を感じさせない為、
歌いながら、
治療していたので、
歌が得意になりました。

尚、色々な事を書いていますが、
話し言葉や細かい所などは、
意訳の場合もあります。

リンクはフリーです。

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