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糸脈(1)

日本で、一番最初に、
動物治療をしたと記録があるのは、
『大国主神』です。

『大国主神』が、
大部分の皮膚を剥がれた因幡の白兎に、
皮膚の再生医療をしたそうです。

ちなみに、
現在、獣医領域では、
再生医療が最先端で流行です。

漫画「JIN仁」では、
主人公の医師が、
普通に高貴な人と面会していますが、

実は、
近代以前の日本では、
お医者さんの社会的地位は低かったので、

高貴な人を診察・治療する時、
その体に直接触れることが許されないので、

医師が脈を見るために、

糸脈と言って、

高貴な人の手首に糸を巻き、
お医者さんは、離れた所で、
糸を伝わって来る脈を感じ取る事もあったと言われています。

その上、将軍に近い身分の人では、
その姿を見る事も許可されず、
役人たちは治療に必要な情報も公にしなかったそうです。

第4代将軍『徳川家綱』の正室『高厳院』の
乳がんの診察をするよう江戸幕府の医官の奥医師たちは、
命じられました。

奥医師たちは、
実際に脈を取らないと治療できないと進言しました。

しかし、当時の医師の身分は低かったので、

『高厳院』は、身分の低い者と直接対面するのを拒んだそうです。

そして、適切な治療をする事が出来ず、死去したそうです。

第11代将軍『徳川家斉』が、病気になった時、
蘭方医の町医者『石川良信』が、呼び出されたそうです。

『石川良信』は、
幕臣から、直接将軍の脈を診させるわけにいかないので、
将軍の手首に結んだ赤い糸の端を別室で持ち、
糸脈で、診察しろと命じられたそうです。

すると、
『石川良信』は、
「病は視診、触診から患部を探し治療するもの。

慣習を重んじて糸脈をしろという事自体、
上様の御身を軽んずること。

それでも、
糸脈せよと申されるならば、帰ります。」と拒絶したそうです。

第11代将軍『徳川家斉』から、
『石川良信』に診察して欲しいと頼まれていた幕臣は、
困り果てましたが、解決法を見つけました。

そして、
『石川良信』をその場で200石の旗本に任じ身分を上げて、
診察させたそうです。

その結果、治療の甲斐あって、
第11代将軍『徳川家斉』は全快し、

『石川良信』は、御殿医筆頭になったそうです。

当時のお医者さんは、大変苦労したと思います。(続く)
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プロフィール

ムーミン

Author:ムーミン
生まれは、福岡、
育ちは、大阪、
現在、秋田市で、
動物病院を開院。

長年、
水族館、動物園で、
獣医師として勤務していました。

短期間ですが、
犬猫行政、
食品衛生業務も
しました。

その後、
長年、
東北、沖縄の
動物病院で勤務しました。

短期間ですが、
オーストラリアなど
海外の複数の動物園や水族館で、
研修した事があります。
詳しくは、
別のブログ「あっちこっち雑記」で。

祖先は、醍醐源氏の末裔で、
福岡県八女市黒木の
猫尾城の城主を
していました。
詳しくは動物病院HPで。

学生時代、
生物学と歴史は好きでした。

高校時代、
試験の時は、
事前に、関連事項まで詳しく調べて、

特に歴史の時は、
現地調査までする事があったので、

筆記試験の時は

関連事項まで、詳細に書くと、

テスト用紙の回答欄のスペースでは、

ものすごく不足したので、

裏まで書いても不足した時には、

2枚目の白紙をもらい、
ぎりぎりまで書いていました。

そのため、高校の時は、
歴史や生物のテスト用紙が配られる時、
あらかじめ、
白紙が、2枚配られるようになりました。

先祖は笛が得意で、
後白河法皇、後鳥羽天皇に、
褒められた事があります。

自分も、子供の頃、
ピアノを習っていたので、
音楽が好きです。

水族館、動物園勤務時代、
野生動物は、
殺気を感じると、
逃げるので、
殺気を感じさせない為、
歌いながら、
治療していたので、
歌が得意になりました。

尚、話し言葉や細かい所などは、
意訳の場合もあります。

リンクはフリーです。

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