FC2ブログ

記事一覧

兵士たちの食事(1)

日本を守るために命をかけて戦った人々(7)-補給艦「間宮」で、
書いたように、兵士には、食事が大切です。

『ナポレオン・ボナパルト』は、
「軍隊は胃袋で動く。」と言って、
軍隊における食糧の供給問題を重視していました。

そのため、『ナポレオン・ボナパルト』は、
常温で長期間保存ができる食品を、
賞金12,000フランで、
保存食の開発を民間に公募したそうです。

そして、
1804年にフランスの『ニコラ・アペール』が、

料理した物を熱いうちに瓶に入れ、
空気が入らないように、
瓶ごと2時間ほど湯に入れて、
瓶にコルクの栓をし、
最後にロウで蓋をするという、
加熱殺菌済みの瓶詰を開発し、
賞金を得ました。

しかし、ガラス瓶なので、割れ易く、
輸送面で難がありました。

そして、1810年に、イギリスの『ピーター・デュランド』が、
現在の缶詰の原型となる金属製密閉容器に、
食料を封入する方法を考案しました。

ただし、缶詰の開け方は、考えていませんでした。

当初は、寸胴に金属製の蓋をはんだ付けしたような容器で、
ノミと金鎚を使うか、あるいは小銃などで、
缶を撃って穴を開けたそうです。

しかし、殺菌の方法に問題があり、
中身が発酵して缶が破裂したり、
密封用のはんだに鉛が多量に含まれいて、
食べた人が鉛中毒で死亡する事故もあったそうです。

缶詰の最初の商品名は、
『Tin-can-ister(ブリキの缶)』で、
英語で缶詰を「Can」と言うようになったそうです。

ヨーロッパから中国へ「Can」が伝わり、
中国ではその音と金属製の蓋のある容器の意味の、
「罐、鑵(グアン)」の字を当てました。 

日本では、「罐、鑵(グアン)」という字が伝わり、
オランダ語の「Kan(カン)」という発音で、
示していましたが、
次第に略字体の「缶」となりました。

ちなみに、英語の言葉遊びで、

Can Can (you)can a can?
「カンさん(あなた)は、缶を缶詰に、出来ますか?」

A man who can can a can can can the can.
「缶を缶詰に、出来る男は、その缶も缶詰に、出来る。」

Can you can a can as a canner can can a can?
「 缶詰職人が、缶を缶詰にするように、
缶を缶詰にすることが、出来ますか?」

A canner can can everything,but can not a can.
「缶詰業者は、缶詰に出来るものは、
なんでも缶詰にできる。
でも缶は、缶詰に出来ない。」というのがあります。

その後、缶詰は改良され、

缶詰が発明されてから、

48年後の1858年に、
アメリカの『エズラ・J・ワーナー』により、
やっと、缶切りも発明され、

長い間、兵員の食料として提供されたそうです。

缶詰は、初期には主に軍用食として活用され、
特にアメリカの南北戦争で多く利用されたそうです。

日本では、缶詰は1872年の10月10日、
長崎で日本初の缶詰「イワシの油漬け」が、製造されました。

ちなみに、10月10日は「缶詰の日」だそうです。

そして、日清、日露戦争で利用され缶詰が利用されたそうです。

現在では、
缶詰は、災害対策用の備蓄用食品(非常食)としても利用されていて、
東日本大震災でも大活躍しました。

ちなみに、
自衛隊は戦闘時だけではなく、
災害発生時に被災者の頼もしい味方となり、
暖かい食事を提供します。

新潟県中越地震や東日本大震災の時に活躍した
自衛隊の
自走式「炊事車」は、約200人分、
牽引式調理機材の「野外炊具」は、
45分以内に最大で約250人の食事を、
同時調理できる能力があるそうです。
おにぎりなら、約千人分はつくれるそうです。

自衛隊は、戦闘だけではなく、
災害時にも頼れるので、感謝しています。(続く)
関連記事
スポンサーサイト



コメント

コメントの投稿

非公開コメント

ランキング

詳しくは分かりませんが、下のマークを、

ランキング

クリックすると、点が入るらしい

ジャンルランキング

カテゴリ

鳥 (2)
魚 (5)

プロフィール

ムーミン

Author:ムーミン
生まれは、福岡、
育ちは、大阪、
現在、秋田市で、
動物病院を開院。

長年、
水族館、動物園で、
獣医師として勤務していました。

短期間ですが、
犬猫行政、
食品衛生業務も
しました。

その後、
長年、
東北、沖縄の
動物病院で勤務しました。

短期間ですが、
オーストラリアなど
海外の複数の動物園や水族館で、
研修した事があります。
詳しくは、
別のブログ「あっちこっち雑記」で。

祖先は、醍醐源氏の末裔で、
福岡県八女市黒木の
猫尾城の城主を
していました。
詳しくは動物病院HPで。

学生時代、
生物学と歴史は好きでした。

高校時代、
試験の時は、
事前に、関連事項まで詳しく調べて、

特に歴史の時は、
現地調査までする事があったので、

筆記試験の時は

関連事項まで、詳細に書くと、

テスト用紙の回答欄のスペースでは、

ものすごく不足したので、

裏まで書いても不足した時には、

2枚目の白紙をもらい、
ぎりぎりまで書いていました。

そのため、高校の時は、
歴史や生物のテスト用紙が配られる時、
あらかじめ、
白紙が、2枚配られるようになりました。

先祖は笛が得意で、
後白河法皇、後鳥羽天皇に、
褒められた事があります。

自分も、子供の頃、
ピアノを習っていたので、
音楽が好きです。

水族館、動物園勤務時代、
野生動物は、
殺気を感じると、
逃げるので、
殺気を感じさせない為、
歌いながら、
治療していたので、
歌が得意になりました。

尚、話し言葉や細かい所などは、
意訳の場合もあります。

リンクはフリーです。

検索フォーム

月別アーカイブ