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今の日本には不在の骨太の外交官『重光葵』(2)-ハワイ

日本で人気の観光地のハワイは、
元々は、ハワイ王国という独立国でした。

ハワイ王国は、植民地にならず、生き残るため、
ハワイに帰化した欧米人を、ハワイ政府の要職に就けて、
西欧化を進めていました。

そして、
1850年、要職についた欧米人の尽力により、
外国人による土地の私有が認められるようになりました。

そして、予想されていた通り、
1862年までにハワイ諸島の約75%の土地が、
欧米人の所有する土地になったそうです。

そして、
ハワイ王国に住んでいたアメリカ系白人が、

イギリスと親しくしていたハワイ国王が続いたので、
イギリス領になるのでは?と、危機感を持った事と、

ハワイ王国の政策に不満を持った事で、
アメリカ本国に、助けを求めました。

そして、1881年、
アメリカに植民地化されると危機感を感じた、
ハワイ王国の国王『カラカウア(David Kalākaua)』が、
来日しました。

目的は、
ハワイ王室と日本の皇室との結びつきを強くし、
ハワイ王国の安泰を図るため、
スコットランド人とのハーフの
姪子『カイウラニ』王女(5歳)と
日本の皇族『山階宮定麿王』(13歳)との縁談を、
すすめるためでした。

しかし、
日本政府はアメリカとの対立を避けるために、
断りました。

もし、この縁談が実っていたら、
ハワイ王朝は、存続していたと言われています。

1893年1月16日、アメリカは、行動を起こし、

「ホノルルの非常事態を鑑み、
アメリカ人の生命および財産の安全確保のため、
海兵隊の上陸を要請する。」とハワイ王国に通達し、

海兵隊164人が、ホノルル港へ上陸しました。

そして、
1月17日、大きな抵抗も無く、
政府庁舎および公文書館が占拠され、戒厳令が布かれ、
ハワイ王国の終結及び暫定政府の樹立が宣言されました。

ハワイの音楽「アロハ・オエ」の作者でも知られている、
ハワイ王国の最後の王『リリウオカラニ(Lili‘uokalani)』は、

当然、抗議しましたが、

強力な軍隊のあるアメリカに対抗できず、
軟禁されました。

1895年、王政復古を目指すハワイ人の反乱がありましたが、
すぐに鎮圧されました。

『リリウオカラニ』は、この件に直接関与していませんでしたが、
弾薬や銃器を隠し持っていたという理由で、
他の王族とともに反逆罪で逮捕されました。

国家を転覆させた反逆者として、
『リリウオカラニ』は、死刑だとされましたが、

王位請求権の棄却をすれば、
死刑にならないという取り引きがされ、

『リリウオカラニ』は王位請求を諦め、
アメリカに忠誠を誓い、一般市民として、
余生を送る旨の宣言書に、署名しました。

そして、ハワイ王国は、完全に消滅し、
アメリカ合衆国の50番目の州となりました。

ちなみに、1917年、『リリウオカラニ』は、
79歳で亡くなりました。

そして、
日本もハワイと同じように、
日本国家が消滅し、
近い将来、アメリカ合衆国の51番目の州として、

登録される事を知った外交官『重光葵』は、
動きました。

ちなみに、
2016年、自由民『丸山和也』タレント議員は、
憲法審査会で、

「日本が米国の51番目の州になれば、
集団的自衛権は全く問題にならないし、
拉致問題も起こらなかった。

日本州となれば、1億人いるので、

日本州出身者が、
アメリカ大統領になる可能性が出てくる。

そうすると、
世界の中心で行動できる日本になりうる。」と発言しました。

自由民『丸山和也』タレント議員は、
アメリカのオバマ大統領について、
「黒人の血を引く奴隷」とも言いました。

タレントならいいのですが、
議員としては、絶対選んではいけない。

日本人議員は、確実に質が落ちていると思います。(続く)
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プロフィール

ムーミン

Author:ムーミン
生まれは、福岡、
育ちは、大阪、
現在、秋田市で、
動物病院を開院。

長年、
水族館、動物園で、
獣医師として勤務していました。

短期間ですが、
犬猫行政、
食品衛生業務も
しました。

その後、
長年、
東北、沖縄の
動物病院で勤務しました。

短期間ですが、
オーストラリアなど
海外の複数の動物園や水族館で、
研修した事があります。
詳しくは、
別のブログ「あっちこっち雑記」で。

祖先は、醍醐源氏の末裔で、
福岡県八女市黒木の
猫尾城の城主を
していました。
詳しくは動物病院HPで。

学生時代、
生物学と歴史は好きでした。

高校時代、
試験の時は、
事前に、関連事項まで詳しく調べて、

特に歴史の時は、
現地調査までする事があったので、

筆記試験の時は

関連事項まで、詳細に書くと、

テスト用紙の回答欄のスペースでは、

ものすごく不足したので、

裏まで書いても不足した時には、

2枚目の白紙をもらい、
ぎりぎりまで書いていました。

そのため、高校の時は、
歴史や生物のテスト用紙が配られる時、
あらかじめ、
白紙が、2枚配られるようになりました。

先祖が笛が得意だったのと、
子供の頃、
ピアノを習っていたので、
音楽が好きです。

水族館、動物園勤務時代、
野生動物は、
殺気を感じると、
逃げるので、
殺気を感じさせない為、
歌いながら、
治療していたので、
歌が得意になりました。

尚、話し言葉や細かい所などは、
意訳の場合もあります。

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