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不死身の分隊長-『舩坂弘』(10)

『舩坂弘』さんは、
戦争での強烈な体験とアメリカの先進性を学んだ事から、
日本社会に貢献したいと考え、
日本の産業、文化、教育を豊かにする事が大切と考え、

東京、渋谷駅ハチ公前の親戚の地所に、
一坪の土地を借り、書店を開いたそうです。

そして、書店は、
大阪の北区にある旭屋書店本店と同じ様に
日本で初めて、ビル全体を使用した
本のデパート「大盛堂書店 本店」に発展しました。

『舩坂弘』さんが、自身の戦争体験を記した
『英霊の絶叫-玉砕島アンガウル』という本を書いた時、
剣道を通じて親交があった『三島由紀夫』に、
アドバイスをもらい、さらに序文まで書いてもらいました。

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前列 左『三島由紀夫』 後列 左『舩坂弘』

そのお礼として、
日本刀のコレクターだった『舩坂弘』さんは、
そのコレクションの中でも、
特に優れた名刀「孫六」を贈る事にし、自宅に招きました。

そして、同じ刀工が鍛えた二振りの日本刀を、
『三島由紀夫』の目の前に、静かに置きました。

『舩坂弘』さんは、

「この2本は無銘ですが、どちらも「孫六」です。

ご存知でしょうが、刀工『孫六兼元』の「孫六」は、
初代、2代の刀工の作が、名刀と言われています。

これは、ずっと代のさがった「孫六」です。

しかし、無銘とはいっても、
二振りとも、名刀「関の孫六」です。」

すると、
『三島由紀夫』は、刀を見た後、

眼が、らんらんと輝きだしました。

そして、頭を軽く下げて、

「拝見します。」と言って、

刀を手にすると、

「本物は、
こんなに素晴らしい物なのですね…。

本当に素晴らしい…。

でも、こんな高価な刀は、もらえません。」と遠慮して辞去すると、

『舩坂弘』さんは、

「すると、
すでに優れた日本の名刀を、お持ちで、

不要でしたか?」と聞きました。

すると、『三島由紀夫』は、

「日本刀は、持つには持っています。

刀は武士の魂だと言いますが、

お恥ずかしいのですが、

お見せできるような代物ではありません。」と答えると、

『舩坂弘』さんは、

「どこで、入手されたのですか?」と聞きました。

すると、『三島由紀夫』は、

「熊本の古道具屋です。

今年の夏に、
明治政府に対する士族反乱の
「神風連の乱(敬神党の乱)」のことを書くため、
熊本市に取材に出かけました。

神風連が言っている、
「日本が他国より優れている。」という
国粋主義の精神には驚きましたよ。

その時の記念として、
名のある日本刀を買うつもりだったのですが、

気に入った刀がなかったので、
古道具屋で手軽なものを買ったというわけです…。」と答えて、

沈黙が続いた後、

『三島由紀夫』は、

「実は、
私はだいぶ前から、
良い日本刀を持ちたいと願っていました。

しかし、
ずいぶん探したのですが、
気に入ったものが見つからなかったのです。

どうせ持つからには、
その刀と運命を、共に出来るような名刀が、
欲しかったのです。」と話しました。

すると、『舩坂弘』さんは、

「どちらか好きな方を差し上げます。」と言いました。

そして、『三島由紀夫』は、深く頭を下げた後、
鍔元に受け傷のある長い方を選び受け取ったそうです。

その後、
名刀「孫六」は、軍刀拵えに直され、

『三島由紀夫』が、
憲法改正のため自衛隊の決起を呼びかけた後、

運命を、共に出来るような名刀「孫六」で、
割腹したそうです。(続く)
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プロフィール

ムーミン

Author:ムーミン
生まれは、福岡、
育ちは、大阪、
現在、秋田市で、
動物病院を開院。

長年、
水族館、動物園で、
獣医師として勤務していました。

短期間ですが、
犬猫行政、
食品衛生業務も
しました。

その後、
長年、
東北、沖縄の
動物病院で勤務しました。

短期間ですが、
オーストラリアなど
海外の複数の動物園や水族館で、
研修した事があります。
詳しくは、
別のブログ「あっちこっち雑記」で。

祖先は、醍醐源氏の末裔で、
福岡県八女市黒木の
猫尾城の城主を
していました。
詳しくは動物病院HPで。

学生時代、
生物学と歴史は好きでした。

高校時代、
試験の時は、
事前に、関連事項まで詳しく調べて、

特に歴史の時は、
現地調査までする事があったので、

筆記試験の時は

関連事項まで、詳細に書くと、

テスト用紙の回答欄のスペースでは、

ものすごく不足したので、

裏まで書いても不足した時には、

2枚目の白紙をもらい、
ぎりぎりまで書いていました。

そのため、高校の時は、
歴史や生物のテスト用紙が配られる時、
あらかじめ、
白紙が、2枚配られるようになりました。

先祖は笛が得意で、
後白河法皇、後鳥羽天皇に、
褒められた事があります。

自分も、子供の頃、
ピアノを習っていたので、
音楽が好きです。

水族館、動物園勤務時代、
野生動物は、
殺気を感じると、
逃げるので、
殺気を感じさせない為、
歌いながら、
治療していたので、
歌が得意になりました。

尚、話し言葉や細かい所などは、
意訳の場合もあります。

リンクはフリーです。

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