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不死身の分隊長-『舩坂弘』(5)

島には、米軍の歩兵6個大隊、
戦車1個大隊、砲兵6個中隊、高射機関砲大隊など、
総勢1万人が駐屯していました。

その中を『舩坂弘』さんは、
夜の暗闇に紛れて、食事もとらず、
数日かけて這って行き、
米軍の前哨陣地を突破し、

米軍の司令部(本部)と思われるテントの近くまで、
到達しました。

『舩坂弘』さんは、
指揮官らが集合する時に突入しようと考え、

物陰で待っていると、
ジープが続々と乗り付けて来て、
指揮官たちが集まり、
司令部(本部)テントに入って行きました。

『舩坂弘』さんは、司令部(本部)テントに、
ある程度人数が集まったので、
右手に手榴弾の安全栓を抜いて握りしめ、
左手に拳銃を持ち、全力を絞り出して立ち上がりました。

この時、『舩坂弘』さんは、
左大腿部裂傷、左上腕部の貫通銃創、頭部打撲傷、右肩捻挫、
右足首脱臼、左腹部盲貫銃創など24カ所の重傷を負った上、
連日の戦闘による火傷があり、
全身20個の砲弾の破片が、体に食い込んでいました。

失血と極度の栄養失調により、
両目はほとんど見えない状態でした。

全身血まみれで、服はボロボロで、
ガリガリの異様な風体の日本兵が、
突然、茂みから、出て来たので、

アメリカ兵たちは、
敗退して全滅に近い日本兵が、

前線を突破して、
司令部(本部)のテントに来るとは、
全く予想もしていなかったので、

横溝正史の映画「八つ墓村」の
頭に懐中電灯を2本装着している
『多治見要蔵』のような姿に、

幽鬼が出たと思い、
物凄くビックリして、声も出なかったそうです。

『舩坂弘』さんは、司令部テントに向かって、
最後の力を振り絞って駆けました。

そしてテントに到達し、
手榴弾で、爆破しようとした瞬間、
銃で首を撃たれました。

そして、『舩坂弘』さんは、
倒れ、動かなくなりました。

米軍の軍医が来て、
血だらけの『舩坂弘』さんを診断した結果、
戦死と判断しました。

そして、
『舩坂弘』さんが、
手榴弾と拳銃を握りしめたまま離さないので、

軍医は、
指を一本一本解きほぐしながら、
集まって来たアメリカ兵に、

「これがハラキリだ。

日本のサムライだけが出来る勇敢な死に方だ!」と
話したそうです。

そして、『舩坂弘』さんを、
一時的な医療器具の倉庫にもなっていた
死体安置所に運びました。(続く)
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プロフィール

ムーミン

Author:ムーミン
生まれは、福岡、
育ちは、大阪、
現在、秋田市で、
動物病院を開院。

長年、
水族館、動物園で、
獣医師として勤務していました。

短期間ですが、
犬猫行政、
食品衛生業務も
しました。

その後、
長年、
東北、沖縄の
動物病院で勤務しました。

短期間ですが、
オーストラリアなど
海外の複数の動物園や水族館で、
研修した事があります。
詳しくは、
別のブログ「あっちこっち雑記」で。

祖先は、醍醐源氏の末裔で、
福岡県八女市黒木の
猫尾城の城主を
していました。
詳しくは動物病院HPで。

学生時代、
生物学と歴史は好きでした。

高校時代、
試験の時は、
事前に、関連事項まで詳しく調べて、

特に歴史の時は、
現地調査までする事があったので、

筆記試験の時は

関連事項まで、詳細に書くと、

テスト用紙の回答欄のスペースでは、

ものすごく不足したので、

裏まで書いても不足した時には、

2枚目の白紙をもらい、
ぎりぎりまで書いていました。

そのため、高校の時は、
歴史や生物のテスト用紙が配られる時、
あらかじめ、
白紙が、2枚配られるようになりました。

先祖は笛が得意で、
後白河法皇、後鳥羽天皇に、
褒められた事があります。

自分も、子供の頃、
ピアノを習っていたので、
音楽が好きです。

水族館、動物園勤務時代、
野生動物は、
殺気を感じると、
逃げるので、
殺気を感じさせない為、
歌いながら、
治療していたので、
歌が得意になりました。

尚、話し言葉や細かい所などは、
意訳の場合もあります。

リンクはフリーです。

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