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不死身の分隊長-『舩坂弘』(2)

そして、
1944年9月、米軍船団が洋上に来て、
島に向かって艦砲射撃が行われました。

空からはB-24や艦載機が、
さかんに爆弾を投下し、
銃撃を浴びせてきました。

7日には、洋上に敵潜水艦まで出没し、
いよいよ事態の切迫を告げました。

8日には艦載機による空爆が、
いよいよ激しくなりました。

12日以降は、艦砲射撃の量は、
1日に千数百発という数に達しました。

そのため、苦心して造った水際陣地は、
ひとたまりもなく破壊されてしまいました。

そのため、
『舩坂弘』さんら日本兵の落ち込みは、
ひどかったそうです。

その後、
『ウイリアム・H・ブランディ』少将率いる
戦艦3隻、巡洋艦4隻、駆逐艦4隻による、
絶え間ないく艦砲射撃が始まりました。

その上、アンガウル島周辺には、
日本本土攻撃のための飛行場を作るため、
『マーク・A・ミッチャー』中将率いる
航空母艦11隻、戦艦2隻、巡洋艦10数隻、
駆逐艦35隻という大部隊で、
「快速空母群」と呼ばれる
米軍第38機動部隊が待機していました。

島の形が変わるまで、
爆撃と艦砲射撃が繰り返された後、

9月17日午前5時30分、
米軍の上陸がはじまりました。

米軍の上陸を発見したのは、
巴岬にいた沼尾守備隊でした。

すぐに大隊本部に伝書鳩で、
「敵上陸地点は西港なり。」と伝えました。

千2百人の日本軍が守っているアンガウル島に、

そして、
特別上陸訓練を受けた米軍選りすぐりの
約2万2千人の「山猫部隊」の異名を持つ、
米陸軍第81歩兵師団が上陸してきました。

『舩坂弘』さんの部隊は、敵兵を確認し、
「前方3百メートル、敵部隊発見!」と報告しました。

ちなみに、当時のアメリカは、
人種差別は当たり前だったので、
危険な第一線は、ほとんどが黒人で、
その後方に、白人が点々と混じっていたそうです。

『舩坂弘』さんのいる部隊は、
迫撃砲で、米軍の中央付近に、
撃ちまくりました。

至近距離だったので、
『舩坂弘』さんのいる部隊は、
200人以上撃退しました。

すると、米軍は、
ジャングルの中に逃げ込んだそうです。

そして、『舩坂弘』さんは、
夜になってから、ジャングルの中に行き、
夜陰に乗じて、米軍に近づき、
油断していたアメリカ兵から、
サブマシンガンを奪い取り、
3人のアメリカ兵を撃ちました。

その時、『舩坂弘』さんは、
左足と両腕を負傷しましたが、
銃剣で1人刺殺し、
サブマシンガンで狙ってきたアメリカ兵に対して、
銃剣を投げて、殺害し、
急いで見方部隊の所に戻りました。

そんな『舩坂』さんを間近に見た隊員は、
「不死身の分隊長」、「鬼の分隊長」と言ったそうです。(続く)
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プロフィール

ムーミン

Author:ムーミン
生まれは、福岡、
育ちは、大阪、
現在、秋田市で、
動物病院を開院。

長年、
水族館、動物園で、
獣医師として勤務していました。

短期間ですが、
犬猫行政、
食品衛生業務も
しました。

その後、
長年、
東北、沖縄の
動物病院で勤務しました。

短期間ですが、
オーストラリアなど
海外の複数の動物園や水族館で、
研修した事があります。
詳しくは、
別のブログ「あっちこっち雑記」で。

祖先は、醍醐源氏の末裔で、
福岡県八女市黒木の
猫尾城の城主を
していました。
詳しくは動物病院HPで。

学生時代、
生物学と歴史は好きでした。

高校時代、
試験の時は、
事前に、関連事項まで詳しく調べて、

特に歴史の時は、
現地調査までする事があったので、

筆記試験の時は

関連事項まで、詳細に書くと、

テスト用紙の回答欄のスペースでは、

ものすごく不足したので、

裏まで書いても不足した時には、

2枚目の白紙をもらい、
ぎりぎりまで書いていました。

そのため、高校の時は、
歴史や生物のテスト用紙が配られる時、
あらかじめ、
白紙が、2枚配られるようになりました。

先祖は笛が得意で、
後白河法皇、後鳥羽天皇に、
褒められた事があります。

自分も、子供の頃、
ピアノを習っていたので、
音楽が好きです。

水族館、動物園勤務時代、
野生動物は、
殺気を感じると、
逃げるので、
殺気を感じさせない為、
歌いながら、
治療していたので、
歌が得意になりました。

尚、話し言葉や細かい所などは、
意訳の場合もあります。

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