糞尿の話(5)
- 2018/07/21
- 05:05
生ゴミなど汚物対策として、
およそ半分の世帯がブタを飼い、
放し飼いにしていました。
何故なら、
ブタは、街中にある汚物を、
水槽におけるコリドラスやヌマエビの様に、
片端から平らげて掃除?してくれるので、
その結果、
コストがかからず、ブタは丸々と太り、
その後、食卓にのぼるという、
一石二鳥の利用価値があったからです。
ところが、事件が起きました。
1131年、
馬に乗った『フィリップ皇太子』と従者の一行が、
パリのセーヌ河岸のグレーヴ広場を、
通り過ぎようとしていた所、
突然、雌ブタが現れ、
『フィリップ皇太子』の馬めがけて突進してきました。
馬は雌のブタの足にからんでつまずき、
『フィリップ皇太子』を、
地面に振り落としてしまいました。
『フィリップ皇太子』は意識を失い、
近くの民家に急いで運ばれ、
手厚い看護を受けましたが、
意識を回復しないまま、
翌朝、息を引き取ったそうです。
そのため、
街中でブタを飼うことが、禁じられました。
しかし、
ブタを街の中で飼うことを禁じた法律は、
守られなかったそうです。
法を犯す人が、後を絶たなかったので、
フランスでは、「ブタの屠殺役」という職種をつくりました。
「ブタの屠殺役」は、市街でブタを見つけたら、
ブタを逮捕し、死刑宣告し、
そのまま食材として、調理して良かったそうです。
しかし、その後も、
16世紀のヴァロワ朝の『フランソワ1世』の時代まで、
パリ市民は、ブタを飼い続けたそうです。
ちなみに、
ブタで死んだ『フィリップ皇太子』の父親は、
フランス・カペー朝の第5代国王
『ルイ6世』ですが、
太っていたので、別名『肥満王』と言います。
そして、1608年に国王『アンリ4世』が、
「家の窓から糞尿を、
夜であっても投げ捨てない。」という法律を制定しました。
でも、糞便投げ捨ての習慣は続き、
1677年、初代パリ警察警視総監『ラ・レニー』が、
「街中の家の中にトイレを設置すること。」という命令を、
トイレ業者に勧告したそうです。
しかし、状況は改善されず、
1777年に、「ベルサイユのばら」で有名な『ルイ16世』は、
「窓から汚物の投げ捨てを禁止する。」という法令を、
再度制定したそうです。(続く)
- 関連記事
-
- 糞尿の話(4)
- 糞尿の話(5)
- 糞尿の話(6)
- 糞尿の話(10)-便所(4)