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糞尿の話(4)

フランスやイギリス、
イタリアやドイツなどの中世ヨーロッパでは、

古代ローマのトイレ文化は、
継承されることなく、衛生観念が失われ、

下水道が普及していなかったので、
ほとんどの人が、「オマル」で用を足していたそうです。

中世のパリでは、
1395年に、法で禁止されるまで、

「Gardez l'eau!(グワデー・ルー)
(水に、ご注意!)」と三回叫びさえすれば、
窓から糞尿などを捨てても良かったそうです。

ちなみに、
汚いものを外国語を使って、
ごまかす事がありますが、

例えば、
日本で便所(厠、雪隠)の事を、
外国語風にトイレと言いますが、

それは、
イギリスでも同じで、
フランス語の「Gardez l'eau(グワデー・ルー)」から、
便所の事を、「loo」と呼ぶことがあるそうです。

13世紀のフランス王『ルイ九世』が、
夜明け前に教会に向かう途上、
「Gardez l'eau(グワデー・ルー)」と聞こえたのですが、
避けることが出来ず、
教会付近の建物の2階に住む学生が窓から捨てた糞尿を、
頭から、かぶってしまったそうです。

その時、寛大な『ルイ九世』は、
苦笑いしながら、
学生に「勉強を頑張って!」とエールを送り、
怒らなかったそうです。

当然、現在は、この習慣はありません。

このように、
2階以上に住むほとんどの人が、
糞尿、腐った食品のクズなどの汚物を、
窓から捨てるので、

街を歩いていると、
上から汚物が降ってきたそうです。

そのため、
雨の日以外でも傘をさす必要があり、

日傘が発達し、

おしゃれなカフェなどの店についている日よけなどが、



発達したそうです。

また、
道には、馬車の馬の糞も放置されていたので、
中世ヨーロッパでは、
道路にある糞尿やゴミを避けるため、

ハイヒールやブーツなどの丈の高い靴を、
男性も女性も履いていたそうです。

ちなみに、
当時流行した、
胸より下の部分が大きく膨らんだ「フープ・スカート」は、



実は、立ったまま廊下や部屋の隅、
庭の茂みで用を足しやすいようにとの配慮から、
考案されたと言われています。

外套(マント)や、
ゲーム「レイトン教授」が、
英国紳士の必需品と言っている
シルクハットも、
投げ捨てられる汚物から、
衣類を守るため発達したそうです。

当時のヴェルサイユ宮殿は、
「オマル」の中の排泄物を
宮殿の庭に捨てていたため、

中庭や通路、回廊など糞尿であふれ、
ものすごい悪臭で、通路の一部分が、
汚物で沈む事もあったそうです。

ちなみに、
中世ヨーロッパの王様は、
1つの城にあまり長く住むと、
その城があまりに不潔になってしまうので、

1つの城にじっとしていることが少なく、
城から城へ渡り歩いていたそうです。

宮殿には水道が通じていましたが、
その水は、噴水のために使用され、
トイレに使われることはなかったそうです。

もちろん、
現在のヴェルサイユ宮殿は、改装したので、
トイレは、充実しています。

当時、
ロンドンや他のヨーロッパ諸国も、
同様な状態だったそうです。(続く)
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プロフィール

ムーミン

Author:ムーミン
生まれは、福岡、
育ちは、大阪、
現在、秋田市で、
動物病院を開院。

長年、
水族館、動物園で、
獣医師として勤務していました。

短期間ですが、
犬猫行政、
食品衛生業務も
しました。

その後、
長年、
東北、沖縄の
動物病院で勤務しました。

大阪に住んでいた時、
ジュニアリーダーをしていたので、
キャンプなどの指導などをしていました。

旅が好きで、バイクや車で
北海道や東北、関東などを、

野宿しながら、旅をしていました。

そして、
海外14カ国を、旅をして、

海外の複数の動物園や水族館で、
研修しました。

詳しくは、
別のブログ「あっちこっち雑記」で。

祖先は、醍醐源氏の末裔で、
福岡県八女市黒木の
猫尾城の城主を
していました。

先祖は、足利尊氏と戦い、
多々良浜の戦いでは、
敗戦しましたが、

筑後川の戦いなど、
最終的には勝利し、

3代将軍足利義満まで、九州を治め、

中国の「明」と、貿易をしていました。

詳しくは動物病院HPで。

学生時代、
生物学と歴史は好きでした。

試験の時は、
事前に、関連事項まで詳しく調べて、

特に歴史の時は、
現地調査までする事があったので、

筆記試験の時は

関連事項まで、詳細に書くと、

テスト用紙の回答欄のスペースでは、

ものすごく不足したので、

裏まで書いても不足した時には、

2枚目の白紙をもらい、
ぎりぎりまで書いていました。

そのため、
歴史や生物のテスト用紙が配られる時、
あらかじめ、
白紙が、2枚配られるようになりました。

だから、
高校の時、歴史の先生から、
歴史関係の進路を、
ものすごく強く勧められました。

でも、
生物の方が好きだったので、
獣医になりました。

先祖は笛が得意で、
後白河法皇、後鳥羽天皇に、
褒められた事があります。

自分も、子供の頃、
ピアノを習っていたので、
音楽が好きです。

水族館、動物園勤務時代、
野生動物は、
殺気を感じると、
逃げるので、
殺気を感じさせない為、
歌いながら、
治療していたので、
歌が得意になりました。

尚、色々な事を書いていますが、
話し言葉や細かい所などは、
意訳の場合もあります。

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