糞尿の話(4)
- 2018/07/20
- 05:05
イタリアやドイツなどの中世ヨーロッパでは、
古代ローマのトイレ文化は、
継承されることなく、衛生観念が失われ、
下水道が普及していなかったので、
ほとんどの人が、「オマル」で用を足していたそうです。
中世のパリでは、
1395年に、法で禁止されるまで、
「Gardez l'eau!(グワデー・ルー)
(水に、ご注意!)」と三回叫びさえすれば、
窓から糞尿などを捨てても良かったそうです。
ちなみに、
汚いものを外国語を使って、
ごまかす事がありますが、
例えば、
日本で便所(厠、雪隠)の事を、
外国語風にトイレと言いますが、
それは、
イギリスでも同じで、
フランス語の「Gardez l'eau(グワデー・ルー)」から、
便所の事を、「loo」と呼ぶことがあるそうです。
13世紀のフランス王『ルイ九世』が、
夜明け前に教会に向かう途上、
「Gardez l'eau(グワデー・ルー)」と聞こえたのですが、
避けることが出来ず、
教会付近の建物の2階に住む学生が窓から捨てた糞尿を、
頭から、かぶってしまったそうです。
その時、寛大な『ルイ九世』は、
苦笑いしながら、
学生に「勉強を頑張って!」とエールを送り、
怒らなかったそうです。
当然、現在は、この習慣はありません。
このように、
2階以上に住むほとんどの人が、
糞尿、腐った食品のクズなどの汚物を、
窓から捨てるので、
街を歩いていると、
上から汚物が降ってきたそうです。
そのため、
雨の日以外でも傘をさす必要があり、
日傘が発達し、
おしゃれなカフェなどの店についている日よけなどが、

発達したそうです。
また、
道には、馬車の馬の糞も放置されていたので、
中世ヨーロッパでは、
道路にある糞尿やゴミを避けるため、
ハイヒールやブーツなどの丈の高い靴を、
男性も女性も履いていたそうです。
ちなみに、
当時流行した、
胸より下の部分が大きく膨らんだ「フープ・スカート」は、

実は、立ったまま廊下や部屋の隅、
庭の茂みで用を足しやすいようにとの配慮から、
考案されたと言われています。
外套(マント)や、
ゲーム「レイトン教授」が、
英国紳士の必需品と言っている
シルクハットも、
投げ捨てられる汚物から、
衣類を守るため発達したそうです。
当時のヴェルサイユ宮殿は、
「オマル」の中の排泄物を
宮殿の庭に捨てていたため、
中庭や通路、回廊など糞尿であふれ、
ものすごい悪臭で、通路の一部分が、
汚物で沈む事もあったそうです。
ちなみに、
中世ヨーロッパの王様は、
1つの城にあまり長く住むと、
その城があまりに不潔になってしまうので、
1つの城にじっとしていることが少なく、
城から城へ渡り歩いていたそうです。
宮殿には水道が通じていましたが、
その水は、噴水のために使用され、
トイレに使われることはなかったそうです。
もちろん、
現在のヴェルサイユ宮殿は、改装したので、
トイレは、充実しています。
当時、
ロンドンや他のヨーロッパ諸国も、
同様な状態だったそうです。(続く)
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