fc2ブログ

記事一覧

ベトナムと猫(2)

「ココナッツ(ズア)教」は、
『グエン・タイン・ナム(DaoDua)(阮盛南)』が、
1963年に創設しました。

1909年にベトナムで生まれた
教祖『グエン・タイン・ナム(DaoDua)』は、

大金持ちで、フランスに留学した後、

仏教の素晴らしさを認識し、
その後、仏教修行を19年しました。

外国に行って、自国の素晴らしさに気が付くという事は、
よくあります。

自分も海外に行って、
日本の治安の良さや医療の保険制度の良さ、
食事のおいしさ、定食の種類の多さ、充実具合は、
ものすごく実感しました。

特に、日本のお米は、最高に美味しいと思います。

「ココナッツ教」の教祖『グエン・タイン・ナム(DaoDua)』は、
長く続くベトナム戦争の戦火が激しいさなか、
南北の統一を訴えていました。

1963年のある日、
ココナッツを食べた時に、幸せな気分になったので、
「ココナッツだけ食べれて、ココナツミルクだけを飲むと
世界平和が実現できる。」という教義がひらめいて、

お金持ちだったので、
ベトナムのフーン島(フェニックス島)の土地を買い、
建物を建て、
キリスト教、イスラム教、仏教、儒教、
カオダイ教など複数の宗教を融合した
「ココナッツ(ズア)教」を創設し、
1965年に、「椰子の実教団教主の苦行の人生」を出版して、
その考え方を広めたそうです。

ちなみに、
教祖『グエン・タイン・ナム(DaoDua)』には、
9人の奥さんがいたそうです。

そして、教祖『グエン・タイン・ナム(DaoDua)』は、
木の上で生活し、信者とは、筆談のみだったそうです。

そして、
平和の象徴として、

猫とネズミを、子供の時より、
一緒に飼育し、同居させました。


そして、
「猫とネズミのように終生の敵同士でさえ仲良くできるのだから、
ベトナム戦争も解決できる。」と主張しましたが、
最初は、誰も見向きもしませんでした。

ベトナム戦争当時、
ベトナムでは、
自分で右手の人さし指を切り落として、
銃を撃てないようにして、
入隊を免れた者が多かったそうです。

そして、軍は、

「頭のおかしな者を軍に入れると、

統率が取れなくなる。」と言って、

怪しい「ココナッツ教」の信者を、
徴兵しなかったそうです。

そのため、「ココナッツ教」には、宗教に関心がなくても、

戦争に行かないために、多くの人が入信し、
信者は、4千人から1万人以上いたと言われています。

でも、信者は、教祖見つからないようにして、
ココナツ以外を食べていたそうです。

そして、「ココナッツ教」は、
基本的には人畜無害な宗教でしたが、
戦争逃れをする人を予防するためと、奇抜過ぎるために、
政府から「カルト」だと目を付けられて、

ベトナム戦争終了間際の1975年に、
教祖『グエン・タイン・ナム(DaoDua)』は、
投獄され、教団は解体したそうです。

ベトナム戦争終了後、
しばらくして、
教祖『グエン・タイン・ナム(DaoDua)』は、
解放されたので、
「ココナッツ教」の再開を計画しました。

しかし、政府は、それを許しませんでした。

そして、
1990年、連行しようとする警察と、

引き留める信者に両手を引っ張られ、

教祖『グエン・タイン・ナム(DaoDua)』は、
はずみで建物から落ちて、頭を打って死んだそうです。

81歳で、体重は、30kg位だったそうです。

カラフルで独特の形をした建造物が目を引く
「ココナッツ教」の元の本拠地は、
現在では、
地方ツーリスト会社の管理のもと、
メコン川ツアーで行く比較的大規模な
ベンチャーアスレチック場の観光施設となり、

大人の入場料は、約数百円で、
世界中から、興味本位で人が訪れています。

「ココナッツ教」の元の本拠地には、
9本の龍が巻き付いた柱がありますが、



これは、9本の支流にわかれるメコン川、
そして9人いた奥さん達を象徴しているそうです。(続く)
関連記事
スポンサーサイト



コメント

コメントの投稿

非公開コメント

ジャンルランキング

ランキング

クリックすると、点が入るらしい

ランキング

カテゴリ

鳥 (4)
魚 (5)

プロフィール

ムーミン

Author:ムーミン
生まれは、福岡、
育ちは、大阪、
現在、秋田市で、
動物病院を開院。

長年、
水族館、動物園で、
獣医師として勤務していました。

短期間ですが、
犬猫行政、
食品衛生業務も
しました。

その後、
長年、
東北、沖縄の
動物病院で勤務しました。

大阪に住んでいた時、
ジュニアリーダーをしていたので、
キャンプなどの指導などをしていました。

旅が好きで、バイクや車で
北海道や東北、関東などを、

野宿しながら、旅をしていました。

そして、
海外14カ国を、旅をして、

海外の複数の動物園や水族館で、
研修しました。

詳しくは、
別のブログ「あっちこっち雑記」で。

祖先は、醍醐源氏の末裔で、
福岡県八女市黒木の
猫尾城の城主を
していました。

先祖は、足利尊氏と戦い、
多々良浜の戦いでは、
敗戦しましたが、

筑後川の戦いなど、
最終的には勝利し、

3代将軍足利義満まで、九州を治め、

中国の「明」と、貿易をしていました。

詳しくは動物病院HPで。

学生時代、
生物学と歴史は好きでした。

試験の時は、
事前に、関連事項まで詳しく調べて、

特に歴史の時は、
現地調査までする事があったので、

筆記試験の時は

関連事項まで、詳細に書くと、

テスト用紙の回答欄のスペースでは、

ものすごく不足したので、

裏まで書いても不足した時には、

2枚目の白紙をもらい、
ぎりぎりまで書いていました。

そのため、
歴史や生物のテスト用紙が配られる時、
あらかじめ、
白紙が、2枚配られるようになりました。

だから、
高校の時、歴史の先生から、
歴史関係の進路を、
ものすごく強く勧められました。

でも、
生物の方が好きだったので、
獣医になりました。

先祖は笛が得意で、
後白河法皇、後鳥羽天皇に、
褒められた事があります。

自分も、子供の頃、
ピアノを習っていたので、
音楽が好きです。

水族館、動物園勤務時代、
野生動物は、
殺気を感じると、
逃げるので、
殺気を感じさせない為、
歌いながら、
治療していたので、
歌が得意になりました。

尚、色々な事を書いていますが、
話し言葉や細かい所などは、
意訳の場合もあります。

リンクはフリーです。

検索フォーム

月別アーカイブ