昔話(29)-藤原氏と陰陽師と天皇(25)

その後、中宮『彰子』が、
御子(後の『後一条天皇』、『後朱雀天皇』)を産むと、

『藤原道長』は、
『敦康親王』を邪魔に思うようになり、
邪険に扱うようになりました。

中宮『彰子』は、
『敦康親王』を大変可愛がっていたので、
態度が急変した父『藤原道長』に、
反感を持ったそうです。

ちなみに、
『敦康親王』は、
『藤原道長』の嫡男『藤原頼通』とも、
ものすごく親しかったそうです。

そのため、
『敦康親王』が20歳で死亡した後、
『敦康親王』の子『嫄子女王』を、
養女として引取って育てたそうです。(続く)
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