日露戦争(24)-正露丸(4)

日露戦争後の1908年に「クレオソート丸」に名称が戻るまで、
正式名称は、「征露丸」でした。

その後、
第二次世界大戦後、
国際信義上「征」の字を使うことには、
好ましくないとの行政指導があり、
大幸薬品株式会社は、
ラッパのマークの「正露丸」と改められたそうです。

しかし、
奈良県の日本医薬品製造株式会社だけは、
現在も「征露丸」の名前で販売を続けているそうです。

その後、
1946年に、大幸薬品の創業者『柴田音治郎』が、
「忠勇征露丸」の製造販売権を継承し、
『中島正露丸』として製造販売を再開しました。

その後、
1954年に「正露丸」の名称の独占的使用権を主張し、
商標登録を行ったそうです。

これに対して、
クレオソートの製法を独自開発し、
第二次大戦中にも、
軍に征露丸の納入を続けた和泉薬品工業が反発し、
1955年に特許庁に無効審判を請求したそうです。

その後、東京高裁は、1971年に、
「クレオソートを主材とした整腸剤の一般的な名称として
「正露丸(セイロガン)」は、国民に認識されているので、

「正露丸(セイロガン)」の商標は無効」と判断し、
1974年、最高裁で確定したそうです。

しかし、セイロガンの振り仮名のない
「正露丸」の商標は、
現在も大幸薬品が保有しているそうです。

そして、
2005年、今度は、逆襲という事で、
大幸薬品が、和泉薬品工業に対して、
「正露丸(セイロガン)」のパッケージが類似しているという事で、
製造販売の差し止め、及び、
損害賠償を求める裁判を、大阪地方裁判所に起こしたそうです。

しかし、大阪地裁は請求を棄却しましたが、
大幸薬品は、これを不服として、
大阪高等裁判所に控訴しましたが、
大阪高裁も一審判決を支持したそうです。

大幸薬品は、これを不服として、
上告しましたが、
2008年、敗訴が確定したそうです。

ちなみに、
2007年の自衛隊の
国際連合ネパール支援団派遣時の装備品として、
大幸薬品のセイロガン糖衣Aが採用されたそうです。(続く)
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