日露戦争(12)-ロジェストヴェンスキー(3)

日露戦争開戦当初、
『塚本克熊』中尉は、古い掃海艇で、
機雷の排除を行っていました。

しかし、
その艦が触雷して、沈没したので、
旗艦「三笠」に収容されたそうです。

「三笠」で、『塚本』は、
『東郷』と顔見知りになり、

日本では、『東郷』しか持っていない、
艦の据付望遠鏡を超える高倍率の
ドイツのカール・ツァイス社の双眼鏡に、
興味があると話したところ、
『東郷』は、こころよく双眼鏡を、
貸してくれました。

そして、『塚本』が、
双眼鏡を覗いてみると、

想像をはるかに超える遠くのものが、
はっきり見え、感動したそうです。

双眼鏡は、とても高価で、
給与の1年分位でしたが、

『塚本』は、
どうしても欲しくなり、
同じものを銀座「玉屋」に注文し、
手に入れたそうです。

その後、
『塚本』は、駆逐艦「漣」に配属されました。

『塚本』が、「漣」の甲板で、

自慢の双眼鏡で、四方を眺めていると、
「あっ…」と大声を出しました。

艦長の『相羽恒三』少佐が、
「どうした?」と聞くと、

『塚本』は自慢の双眼鏡を、
『相羽』に渡しました。

すると、
通常では、視認不能な距離に、
ロシアの駆逐艦「グローズヌイ」と、
駆逐艦「ベドーヴイ」の2隻がいました。

そして、「漣」は、
近くにいた駆逐艦「陽炎」と連絡と取り、
追跡を開始しました。

すると、「ベドーヴイ」が、
速度を落とし、白旗を揚げ、停止しました。

一方、「グローズヌイ」は、
北方へ逃走しました。

そのため、「陽炎」が、
「グローズヌイ」を追ったので、

「漣」は、白旗を揚げた「ベドーヴイ」に、
近づいて行きました。

『塚本』が、自慢の双眼鏡で見ると、

白旗は、あわてて作ったらしく、
食堂の白いテーブルかけのようでした。

そして、
船舶間での通信に利用される
世界共通の旗「国際信号旗」で、
「engine badly(機関故障)」と示されていました。、

そして、赤十字旗も揚げられていたので、
重傷者がいるという事も分かりました。

そして、
「ベドーヴイ」を、拿捕しました。

そこで、
予想もしていなかった大物の
司令長官『ロジェストヴェンスキー』を、
生きたまま捕虜にする事が出来ました。

おそらく、
『塚本』自慢の双眼鏡がなかったなら、
予想外の大成果の大金星とはならず、
「ベドーヴイ」は、ウラジオストックに、
逃げて、体制を整え戦況が、
変わった可能性もあったと考えられています。(続く)
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