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日露戦争(5)-秋山真之(1)

最近、教科書検定の近隣諸国条項により、
日本の歴史が、おろそかになっているので、

若い人は知らないと思いますが、
「本日天気晴朗ナレドモ浪高シ」の名文で知られる
海軍の『秋山真之』は、『正岡子規』と幼馴染で、
一緒に文学の道を目指した事もあったそうです。

『秋山真之』は戦術の達人で、
機雷敷設や七段構えの戦法など、
バルチック艦隊の迎撃作戦を考えました。

そして、『秋山』は、
日露戦争(日本海海戦)の報告文で、

「天と神の助けにより、
我々は、敵の艦隊を撃滅出来た。」と書いています。

報告の中で『秋山』は、

「私は、日露戦役中に、
不思議な体験をしました。

実際に自分が経験したので、
決しておまけでも形容でもありません。」と言っています。

1904年、『カールル・イェッセン』提督が率いる
神出鬼没のウラジオストック艦隊による
日本の輸送船撃破は、
日本にとってダメージがあり、
数千人も死亡者が出ていました。

今後、
ウラジオストック艦隊(ウラジオストク巡洋艦隊、浦塩艦隊)が、
日本海を通過してウラジオストックに帰港するか、
日本の東海岸に進んで、
津軽海峡もしくは宗谷海峡を抜けて
ウラジオストックに帰港するかを、
何度も作戦会議で話し合いがされました。

敵艦隊の動静について終日考えていた『秋山』は、
疲れて、椅子に座ったまま、うたた寝をしました。

『青山剛昌』先生の漫画「名探偵コナン」の
「眠りの小五郎」ではありませんが、

『秋山』は、半分眠った状態で、
ウラジオストック艦隊が、
津軽海峡を通り抜けているのが見えました。

「東海岸を回って津軽へ抜ける!」と言って、
目が覚めました。

しかし、「夢によって知らされた。」とは、言えないので、
総合的な理性の判断によって、
津軽海峡を通り抜けると上司に報告しました。

結果、『秋山』の予想は的中しましたが、
残念ながら、『秋山』の意見は取り入れられなかったので、
ウラジオストック艦隊を取り逃がしました。

ちなみに、
ウラジオストック艦隊は、
霧に紛れて、攻撃したり、逃げたりする事もあったので、
『イェッセン』提督は、
「霧こそ信頼できる我らが同盟者である。」と言っていました。

しかし、
霧の中での航海は細心の警戒が必要であり、
ひとたび誤れば大災害が生じるのですが、

ウラジオストック艦隊のボガトィーリ号は、
味方と思っている霧で、航路を誤り、岩礁に衝突し、大破し、
終戦まで修理を終えることができなかったそうです。(続く)
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プロフィール

ムーミン

Author:ムーミン
生まれは、福岡、
育ちは、大阪、
現在、秋田市で、
動物病院を開院。

長年、
水族館・動物園で、
獣医師として勤務していました。

短期間ですが、
犬猫行政、
食品衛生業務も
しました。

その後、
長年、
東北・沖縄の
動物病院で勤務しました。

祖先は、醍醐源氏の末裔で、
福岡県八女市黒木の
猫尾城の城主を
していました。
詳しくは動物病院HPで。

学生時代、
生物学と歴史は好きでした。

高校時代、
筆記試験の時は、
事前に、関連事項まで詳しく調べて、
時には、歴史の時は、
現地調査までしていたので、

回答欄のスペースでは、不足したので、
裏まで、時には2枚目の白紙をもらい、
ぎりぎりまで書いていました。

そのため、高校の時は、
歴史や生物のテスト用紙が配られる時、
あらかじめ、自分だけ白紙が、
2枚配られていました。

先祖が笛が得意だったのと、
子供の頃、
ピアノを習っていたので、
音楽が好きです。

動物園勤務時代、
野生動物は、
殺気を感じると、
逃げるので、
殺気を感じさせない為、
歌いながら、
治療していたので、
歌が得意になりました。

尚、話し言葉などは、
意訳の場合もあります。

リンクはフリーです。

知らせてもらえれば、
嬉しいです。

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